• 第27回大会テーマ「スローなブギにしてくれ(I Want You)」


『スローなブギに似ていた』
執筆:小西康陽 


 松本隆さんの「スローなブギにしてくれ」という作品について。ということですが、考えれば考えるほど、このテーマとは関係なしに、アタマの中ではいろいろな考えが独り歩きしている。
 長い間、ぼくは松本隆氏の詞作の素晴らしさのことを考えないようにしてきたのかもしれない。たとえば、影響を受けたくない、という、子供じみてはいるけれど本能的な自己防御、のような感覚からだったのだろうか。
 はっぴいえんどの『風街ろまん』をはじめて聴いたのは、忘れもしない1972年10月のことだった。ぼくは中学2年生だった。じわりとした衝撃だった。
 ビートルズやタイガースのようにカッコよく華やかな雰囲気ではない人たちが音楽をやっている、という衝撃。ウソ。いや、すこしばかりは真実だ。
 それ以上に、何か強烈な美意識というか、美学というか、徹底したスタイルというものに出会ってしまった衝撃。だったのだと思う。
 大瀧詠一さんの歌唱スタイル。リヴァーブを排除した音場。細野晴臣さんの特徴あるベースのフレイジング。鈴木茂さんの若い声。アンサンブル、という言葉を初めて具体的に意識することが出来たような編曲の巧さ。
 いまだに、はっぴいえんどのどこに衝撃を受けたのか、突き詰めて考えたことはないのだが、ひとつひとつ列挙してみても、大きな何かが遠ざかって行くばかりだと思う。
 けれども、まだギターのコードも知らなかった中学2年生が最も容易く影響を受けてしまったのは、やはり松本隆さんの言葉に対するセンスだった。
 そのころ付き合い始めた一歳年下の初恋の女の子に、ぼくは長いラヴレターを書いた。便箋にして11枚、だったか。それは最初から最後までまったく見事に、いやちっとも見事ではないが、徹底的に松本隆スタイルの模倣だった。もちろん手許にないけれど、きっと風が、街が、都市が、と書いていたのだろう。この話はいままでにも何度か書いたことがある。恥ずかしい話をこうしてしゃあしゃあと披露する自分はすっかり年寄りになっってしまった。
 そしてその年の暮れに大瀧詠一さんのソロアルバムがリリースされて、翌年の春に『HAPPYEND』という海外録音のサード・アルバムが出た頃には、ぼくもギターやピアノのコードネームを覚えていたし、将来は自分でもレコードを作ってみたい、と考えるようになった。
 もしかしたら、ぼくが松本隆さんの詞作に対して距離を置くようになったのはそのころかも知れない。『HAPPYEND』というアルバムの、細野晴臣さんの3曲、「風来坊」「相合傘」「無風状態」という作品にぼくは衝撃を受けた。続く『HOSONO HOUSE』というアルバムの中の楽曲にも。
 この言葉とメロディのコンビネーション。大瀧さんのソロ作品でも「びんぼう」とか「ウララカ」とか、破天荒だが、やはりこれ以外にはない、という歌詞になっている。ああ、やはり作詞作曲編曲は独りでやらなくちゃダメだね。なんて小生意気なことを考え始めた時期だった。
 それから長い年月が経って、ぼくもこうして音楽の仕事に就いている。もうすっかり自分のスタイルにも手垢がついてしまって、松本隆の影響を受けたくない、なんてことを考えていた自分が遠い他人のようだ。ずっと会っていない知り合いみたいだ。
 こんな機会だから、もうすこし松本隆さんについて、自分の考えていることを書いてみたい。松本隆さん本人のウェブサイトで、松本隆論をぶつ、なんて。
 はっぴいえんどを解散した後、作詞家として活動を始めるのと前後して松本隆さんは3枚のアルバムを立て続けにプロデュースしている。南佳孝『摩天楼のヒロイン』。あがた森魚『ああ無情』。岡林信康『金色のライオン』。たしかこの順序だと思ったが、違っていただろうか。
 何が言いたいのか、と言うと、日本のレコード・プロデューサーでこれほど充実した作品を続けて作った人、というのが他に思い付かない、ということ。(レコード会社のハウス・プロデューサーはここでは除外する。)
 もちろん、名作にもいろいろある。何も作為的な演出をしない、生のままのドキュメント、というような録音が結果として名作になることもある。アーティストもスタッフも、誰もがその場しのぎに適当なレパートリーを集めて作ったような作品がなぜか人の心を打つ、という場合もある。
 けれども、アルバムとはすべからく名盤であるべし、というような「サージェント・ペパーズ」以降の価値観に立って作られた作品をいまだ愛しているぼくのような人間には、レコード・プロデューサー松本隆の名前はとてつもなく大きい。だが、このことはあまり指摘されていないことのように思えて、すこし残念でならない。
 ちょっと興味を持ったので、松野くん、という、この辺のことにとても詳しい友人にお願いして、松本隆さんの「その後の」プロデュース作品のリストを送ってもらった。不完全な、と断りが付されていた。

岡林信康 『だれぞこの子に愛の手を』
やまがたすみこ 『FLYING』
太田裕美 『まごころ』『短編集』
南佳孝 『冒険王』
佐藤隆 『Urban "AU-RI"』
松田聖子 『Citron』
薬師丸ひろ子 『花図鑑』
裕木奈江 『水の精』
藤井隆 『ロミオ道行』
クミコ 『AURA』
大竹しのぶ 『天国への階段』
福井敬&横山幸雄 『シューベルト 美しき水車小屋の娘』

 薬師丸ひろ子『花図鑑』の「透明なチューリップ」は小西康陽編曲、と松野くんのメールに書かれていた。すっかり忘れていたが、細野晴臣さんの曲だったはずだ。南佳孝『冒険王』は持っていた。やまがたすみこ『FLYING』は聴いたことがあった。なるほど。こうした作品をいまもう一度聴いてみる価値は大いにあるだろう。
 乱暴な意見を言うなら、はっぴいえんど『風街ろまん』こそは松本隆さんの最初のプロデュース作品なのではないか。うたの「ことば」を担う人間がアルバム全体の方向を決定する、というのは、複数の才能ある作編曲家を集めた作品に於いてはとても有効なやり方だ。なんて、つまらない話ではなくて、レコードに、アルバムに、作品に、ただの歌の寄せ集め以上の「ろまん」を抱く人が、かたちのないものを具体化していく力。それがプロデューサーの手腕なのだとしたら、やはり松本隆さんには天賦の才能があったとしか思えない。
 それにしても、松本隆さんほど「はっぴいえんど」に拘り続けている人はいないのではないか、と思う。彼のインタヴューなどを読むと、最初に歌謡曲のフィールドで仕事をスタートしたときの、戸惑い、のような感覚のことが繰り返し語られている。単身赴任したような気分、とさえ言っていたのには、思わず微笑してしまった。何よりも、その後膨大に書かれた歌謡ポップスの作品のどれもが、みごとに「はっぴいえんど」の痕跡を残しているのは、本当にすごいことだ。
 他人から見れば、日本の音楽業界で最も成功した作家のひとりであることは疑いようもない。けれども松本さんは『風街ろまん』が当時、大きな評価を得ることが出来なかったことを、ずっと心のどこかに抱えているように思える。永遠に若い詩人の魂を抱くこの作家を、ぼくは大いに尊敬している。
 ところで作詞家としての松本隆さんがいかに音楽的に優れているか、という話を、ぼくは何人かの作曲家や音楽ディレクターの方々から聞いている。異口同音、というやつだ。メロディに対して、見事にぴったり収めて返ってくる、彼はやっぱりミュージシャンなんだ、と言うのだ。そのいっぽうで、まったく字数が合わない、字足らず字余りお構いなしの例として、いつも同じ女性作詞家の名前が、やはり異口同音に上がるのが、これまた面白いのだが。
 ぼくは1985年にバンドでデビューしたのだが、もちろんまったく売れずに、最初の何年かはやはり作詞の仕事で何とか生活を凌いでいた。その最初のアーティストが南佳孝さんだった。ある日、もうどうにもお金がなくなって、ない、と解っているのだが、キャッシュカードを銀行のATMに差し込んでみると、なんと数十万円が入っている。それが南さんの詞を書いたときの最初の印税だった。
 90年代の初めまで、頼まれるままにぼくもいろいろな人の曲に歌詞を書いたが、もちろん松本隆さんと違ってヒットはない。南さんが一度、これはどう聴いても「スローなブギ」にそっくりだろう、という曲を渡してくださったことがあった。ぼくの書いた詞ではやはりダメだった。こんな話で終わるなんて、自分でも予想していなかった。

小西康陽




執筆:小西康陽(音楽家)
http://www.columbia-readymade.com
http://www.readymade.co.jp/journal
10年ぶりの単行本『ぼくは散歩と雑学が好きだった』(朝日新聞社)3月7日発売。


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  • 第27回大会テーマ「スローなブギにしてくれ(I Want You)」

『うぉんちゅー、してまーす。』
執筆:市川やす子 




前の彼氏に「俺はしがないサラリーマンだから急に
年収が倍になることはないけど、あなたにはその可能性ある」
といわれ、「そんなことないよぉ」なんてちょっと遠慮しがちに
そしてかわいこぶって言ってみたが、
腹の中では「あたりまえだろ、おまえといっしょにすんな、ぼけ」
と思ってた。
年収は倍までには至らならなかったけど、
別れたとたんに仕事ががっさがっさ入ってきて、口座残高は潤った。
彼が言ってたこと、間違いじゃなかったと今更ながら関心。


おかげさまで仕事はすごく順調だ。
コンテンポラリーアートの世界ではそこそこ名前が知れてきたし、
力もついてきたと思う。がんばってる。すべては
コンテンポラリーアートがもりあがってる今といういいタイミングで波に乗れたからだと思う。


ただ

ただ、恋愛に関しては、タイミングが悪い。


海外出張に行く直前(飛行機に乗る20分くらい前)に
「い、い、い、い、いまから告白するから」
と20人くらい友達に伝えておいて、いざ恋心を抱いていた彼に電話してみると
彼の携帯は圏外だった。
しょうがない、海外でも自分の携帯使えるだろうから異国の地から電話しようと思いなおし「上海の夜景観ながら告白しよー」とたくらんでいたら
わたしの携帯は日本に帰国するまで圏外の表示が消えなかった。

上海滞在中、目に見えるものすべて食いまくっていたら食中毒になった。
告白どころではない。


もうちょっと時代をさかのぼる。
ただの友達だと思っていた男の子が突然素敵に見える瞬間がきてしまった。
ちょっと照れ隠しもありながら強がって
「ラーメン食べにいこっか」(=好きって言おうと思った)と電話したら
「俺、いっちゃんに話しがある」と。
もしかして、あっちもわたしのこと???なんて
うきうきしていたら「子供ができた」との報告をいただきました。

その日の夜は赤ワイン飲み過ぎて吐くもの全部まっピンク。


歴史は前後するけど、まさしく、今日、本日。
某ギャラリーのオープニングパーティーに
山崎まさよし似の意中の彼がいると思って、ちょっと遅めに行ってみた。
久々に再会していい感じになったら、もう速攻絶対つきあうつもりで行ってみた。
がんばってたっくさんの妄想して会場に行ったけど
着いたら誰も(ほんとに誰も)いなくてみなさん別の会場に移動してるし。


もうちょっと早かったら、、、とか、なにもこのタイミングで、、、とか、
反省点はいろいろあると思うけれども、人生も恋愛もゲーム。
強がらずにあせらずに駒をすすめていきたいと思います。


でもでもでも、sちゃん、yさん、kくん、tちゃん、mくん、aっちゃん、
ほか多数のわたしのまわりにいる独身男性よ、
わたしのこころの「うぉんちゅーーー、」
を聞いとくれ。




執筆:市川やす子
33歳独身、彼氏はゲイ。そんなのも悪くないと思っているアートコーディネーター。 画像は文中某ギャラリーオープニングに行く直前の別のパーティーでの1シーン。 こんなとこで油売ってるならば早くギャラリーに行くべきだった、と悔やまれる一枚。


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  • 第27回大会テーマ「スローなブギにしてくれ(I Want You)」

『恋をゆっくり編集中』
執筆:batayam 





恋の違和感はブランコに似ている。



Jean Renoir(ジャン・ルノワール)監督の
映画『Partie de campagne (邦題:ピクニック)』(1936年)
を観ながらそんなことを考えていた。

映画の冒頭、川にかかる橋の上で
主人公と釣り人のこんな台詞がある。

「魚はいるかい? 釣れるかい?」

「いるにはいるが釣り方次第だ」


釣り方次第。か、


ボクは縞模様のウキをじっと見詰め、ピクッときたらスチャッ!と
釣り上げるような巧みさもなく、
まぁ釣りをしてみたところで、
岸に釣竿を置いて本を読んでいると
お隣りの釣り人から「ひいてますよっ」と指摘され
そろりそろりと糸をたぐりみれば
針には川草が残り髪のようにひっかっかっている。
所詮そんなところだ。


まぁなにより、釣るよりも、
透明にきらめく川面を撫で
光を纏い泳ぐ姿を岸辺から観ているほうがいい

キミと視線が触れるだけで
ボクは魚になれるから
水のなかでかくれんぼぐらいできるかな。




恋の違和感はブランコに似ている。

眩暈するような浮遊感と
落ちてしまいそうなあやうさの真ん中で

未完成映画のような恋の断片を


ただあるがままの日曜日の午後


ボクはゆっくりと編集しています。




執筆:batayam(ばたやん)
詩・文・絵・写真・デザインする人。/ 生きているから想うんだ、毎日に魔法をかけていこう。「雪は今、雪の形をしている。」「いつも恋している感覚。もしくはボクの愛情過多について。 」真夜中の子供、ばたやんの宇宙への落書き。 お寝しなにご賞味下さい。『毎日に魔法をかけていこう』
http://www.berry-records.com/


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  • 第27回大会テーマ「スローなブギにしてくれ(I Want You)」

『ヒトの嗜好分析と人工知能における擬似感性構築について』
執筆:原 信子 





実は、ブギ、という類の音楽を積極的に聴いたことがない。

なんという人間臭い音……。

この音から想起されるものは体温、人いきれ、酒とタバコの匂い、盛り場のざわめき。


音が脳というブラックボックスを通過することで、

音声信号としての情報を少しずつ失いながら

豊かなイマージュへと拡散していく認知過程を備に追ってみるのも楽しいけれど、

やはり私はどちらかといえば電子音楽系の、冷たくて無機的な音の方に親和性を覚えるので

なんとなく、ブギからのイマージュというのを追いかけにくい。


研究者仲間を見渡してみるとやはり無機的な音を好む者の方が多いように思う。

ただ、こうした傾向は医学系の、それも基礎系だけかもしれないので

研究科・学科別の嗜好分析なんかやったらちょっと面白いかもしれない。


このような解析では通常、嗜好はスタティックなものと仮定されるけれど

現実にはある確率で変動するので、これを状態の遷移として扱い

「隠れマルコフモデル」というやつを使ってダイナミクスを分析したりもできる。

隠れマルコフモデルとは、過去のデータから、次に来るものを予測するために用いられるモデルのひとつ。


この隠れマルコフモデルというのは嗜好分析だけでなく

人工知能の擬似感性構築なんかに応用できたりする。

この歌が好きだ、あの風景が見たい、あなたの声が聞きたい……という機能を

擬似的にではあっても、人工知能に持たせることができる。


ヒトである私が機械の音を聴きたがるのと相補的に、

機械がこうした人間くさい「スローなブギ」を聴きたがる、という場面に

もしかしたらそんなに遠くない未来に出会えるかもしれない。

チェスで有名なスーパーコンピュータ「ディープ・ブルー」の例を出すまでもないだろうが

すでにある種の思考能力については

平均的な人間をはるかに凌駕するものができている。

思考する機械から嗜好する機械への飛躍はきっとそんなに遠くない。


誰かに、I want you、なんて真顔でしゃべる機械。

機械の緻密さと正確さで言い寄られたら、落ちる女性もいるんじゃないかな。

子孫を残すのがちょっと難しそうだけれど。




執筆:原 信子(医学博士)
三四郎池のふもとで脳と暮らしている
Down by the pond, living with my specimens


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  • 第27回大会テーマ「スローなブギにしてくれ(I Want You)」

『ゲームは人生』
執筆:水島己



「スローなブギにしてくれ(I WANT YOU)」を聴く。5年前に「もうゲームは2度と作りません」と言ってテレビゲームメーカーを辞めた身としては、[人生はゲーム]のくだりに、どきりとさせられる。ゲーム制作が大変すぎて「人生の道はゲームじゃない」と思って会社を辞めたが、1年もしないうちからゲームを作っていた。もちろん、歌詞を続けて聴くと、[誰も自分を 愛しているだけの 悲しいゲームさ]と続くので、これは比喩だと分かる。人生はゲームではないかもしれない。でも、ゲームは人生かなと思う。

 ここ数年はNINTENDO DS用に作られた実用系ソフト(「脳を鍛える」とか「英語漬けになる」とかその手のもの)が大ヒットしたりして、テレビゲームの定義が揺らいでいる。そういうソフトの企画会議に間違って参加しちゃったりすると、「これからはゲームじゃなくて!」とか「ゲームとして売るとむしろマイナス!」みたいな話が飛び交って、おだやかではない。数年前、インタラクションが楽しい音楽ソフトを作ったある美術家は、「これはゲームでなくアートです」と強調したりしていて。それもがっかりする。僕はテレビゲームの定義は広いほうが嬉オいので、ざっくり「ゲームっぽいものはゲームでいいじゃん」と思ったりするのだが、マーケティングやらトレンドやら様々な思惑や邪念が交錯すると、なかなかそうはいかないようだ。おもしろい現象だと思う。テレビゲームが自己矛盾を起こしてるみたいだ。

「ゲーム」の定義というのは、本当に様々だと思う。僕は、その中でも「ゲームは、ひとの人生を模倣するもの」というざっくりした定義が気に入っている。主人公になりきってロールプレイするタイプのアドベンチャーやRPGと呼ばれるゲームに限らず、スポーツでも、ボードゲームでも、パズルでさえ、自分が送れなかった人生を濃縮・誇張して体験する行為のように感じる。そして体験の結果によって、ゲームは様々な反応を与えてくれる。その意味で、ゲームは人生なのだ。「ゲームをやると性格が出る」などとというが、濃縮された人生を送る行為をして「るのだから、それはあたり前かなと思う。

「スローなブギにしてくれ(I WANT YOU)」を続けて聴く。2回目の[人生はゲーム]の続きは、[互いの傷を 慰め合えれば 答えはいらない]となり、ここでまたぴくりとする。(不謹慎な聴き方とは思いながら、いろいろ示唆的に感じてしまう。)ここ数年は、数千人〜数万人が同時に遊ぶ式のオンラインゲームに関わっているのだが、こうしたゲームは参加する人たち同士が自分で楽しさを見つけていく、オフラインのゲームとは全く違う面白さをかたち作っている。そこには明確な目的や、「ゲームクリア」の概念が無かったりするのだ。

 ゲームのかたちは時代とともに、絶えず変容していく。それも人生のようだ。

執筆:水島己(風待茶房 編集)
エディター/ゲームデザイナー。ネットゲーム制作のため、1年の半分くらいをソウルですごしています。写真はソウルで出くわした穴。あまりにきれいにぽっかり開いていて、ゲームみたいと思いました。


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  • 第27回大会テーマ「スローなブギにしてくれ(I Want You)」

「スローなブギにしてくれ(I Want You)」
作詞:松本隆
作曲:南佳孝
編曲:後藤次利
発売:1981.1.21


執筆:風待茶房編集部


「スローなブギにしてくれ(I Want You)」は、南佳孝の9枚目のシングル。松本隆プロデュースのデビューアルバム『摩天楼のヒロイン』(1973年)から数々の名曲を残してきた2人が、片岡義男原作の角川映画『スローなブギにしてくれ』(1981年 監督:藤田敏八、主演:浅野温子)の主題歌として書いた曲である。オリコンチャート最高6位、売り上げ30万枚に迫るヒットを記録した。

 まずこの歌を決定的に印象づけているのは、「ウォンチュー」というあまりに強烈な歌い出しだろう。このフレーズは、南から松本に渡されたスキャットのデモ・テープにすでに入っていた。ディレイのかかった圧倒的に艶やかな歌声は、たった3秒足らずで曲の世界観をすべて言い表すほどの存在感を示している。そこから展開するミディアムテンポの3連のロック・バラードは、力強くしなやかに、厭世的な嘆きと背中合わせの愛情に満ちた大人の世界を、じっくりと構築して行く。松本の作品としては珍しく、情景描写がほとんどなく、目の前の相手に向かってひたすら語りかけるという、ストレートなバラードになっている。  

 このシングル発売の約1ヶ月前に、ジョン・レノンが射殺されるという衝撃的な事件が起こった。松本隆は事件のニュースを、打ち合わせに同席した南佳孝から聞かされ、「ひとつの時代が終わってしまったような重苦しさが襲ってきた」とエッセイに綴った。そのときレコーディングされていたアルバム『SILKSCREEN』(「スローなブギにしてくれ(I Want You)」収録)には、南の作詞による「そして…(One for John)」という、ジョンへのトリビュートソングが挿入された。多くの音楽ファンにとって、華やかな80年代という時代の幕開けとしては、あまりに重すぎる出来事であった。

 こうして80年代の幕開けを飾った「スローなブギにしてくれ(I Want You)」は、その後も現在に至るまで、CM曲として使用されたり、中森明菜、中村一義などにカバーされたりするなど、時代を越えて語り継がれている名曲と言える。



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