• 第26回大会テーマ「十二月の雨の日」

「東京の12月の雨の日」
執筆:草野マサムネ




 東京の冬は日が短い。

 生まれ育った福岡と比べると実際は40分くらいらしいんだけど、印象としてはもっと早い気がする。

 バンドマン稼業は昼近くになって目覚めることも多いので、生活を始めたらもうあっと言う間に日が暮れる。午後4時頃にはもう薄暗いもんね。嗚呼!

 最近はもう慣れてきたが、なんだか1日をもったいない使い方したなあとか、お天道様に申し訳ないなあ、なんてよく思ってた。その度に早寝早起きを決意をするも未だ実行できてはいない‥。



 そんな東京の冬にも良い点がある。それは「晴れの日が多い」ということ。

 福岡は九州でも最北・日本海側に位置しているためか、曇天の日が多いのだ。11月頃から基本的に空の色は白に近いグレー。ロンドン・シアトル同様、福岡をロックの街たらしめたのはこの曇天かもしれない。

 僕はその日の気分を天気に大きく左右されるほうなので、上京後は冬の憂鬱が減った。空気がキ レイな時には遠くに銀色の富士山も拝めて シャキッと覚醒。立ちこぎの自転車が踏みしめる落ち葉の音も良い感じ。屋外で飲むコーヒーは湯気まで美味い!



 それでもたまーに、冬の東京に雨が降る。カラカラに乾燥した空気を潤してはくれるけど、傘を握る手が徐々に冷たくなってきて心まで冷えて行く。雨は夜更け過ぎても雨のままだったりしそうで、そんな日に限って待ち合わせた相手もなかなか来ない(泣)。

 冬の雨に感じる寂寥感、雪だと感じないのはなんでだろう?

 結果的にはその「たまーに降る雨」によってその後の晴天が一層美しく、嬉しいものとなるんだけど。



 雨上がりの淡く澄んだ青い空と、ヤマブキ色の葉をわずかに残したイチョウとのコントラストが好きだ。



※(写真)イチョウじゃなくて桜の落ち葉です。若い頃は落ち葉に関心持つことも無かったけど


執筆:草野マサムネ (ミュージシャン/スピッツ)
1987年スピッツを結成。ボーカル、ギター、作詞、作曲を担当。「ロビンソン」「チェリー」「空も飛べるはず」など数多くのヒット曲を持つ。最新アルバムは「さざなみCD」。現在全国ツアー中。結成20周年記念の単行本「旅の途中」も発売されている。
http://spitz.r-s.co.jp


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  • 第26回大会テーマ「十二月の雨の日」

「曖昧の森」
執筆:アイコ (advantage Lucy)



ランドセルの頃
私が身につけた子供らしい知恵

まず朝起きたら窓から顔だけ出して
思いっきり鼻から空気を吸い込む。
空気で胸が一杯になる頃、鼻の奥に微かに匂いが届く。
その微かな匂いがほんのり甘かったら、今日は雨が降る。
甘くなかったら、雨は降らない。
朝、どんなに晴れていても空気が甘い香りなら
必ず雨が降る。ささやかですが、これ結構当たります。

私の天気読みは、「天気嗅ぎ」として
大人になった今も時々活躍する。
テレビの予報も気圧配置図も使わない
この曖昧な方法が私は好きだ。
ちなみに外で手首をぶるぶるっと降れば
手の甲に当たる風でその日が大体どれくらい寒くなるかも
感じ取ることが出来る。こちらも曖昧ですが・・・

私は「曖昧」という感覚が好きだ。
曖昧は曖昧というだけあって、答えが決まっていない。
感じることさえ出来れば、無限に選択肢を広げてくれる
曖昧が直感を磨いてくれて
不確かの中に確かなものを見つけることもある

鍵っ子だった私の冬休みは
もっぱら家でエレクトーンを弾く事だった。
お気に入りは「雨にぬれても」
バカラックの曲だと知ったのはずっとあとで
歌詞も知らなかったけど、
子供ながらに色んな思いを心に描く事が出来た。
軽やかなメロディーから舞い落ちる思いの粒を集めて
12月の乾いた空気の中、みずみずしい甘い匂いを
音楽の中で感じていたのだと思う。

虫たちは土の中で春の訪れを数え
鳥たちはそれぞれの好きな気温の土地へ渡る
不確かな世界で磨かれた直感が経験となり
命の中に刻まれたのでは、なんて私は思ってしまう。

私が今歌っているのも
子供の頃、曖昧の森で見た夢の数々が
導いてくれたのかもしれない。



執筆:アイコ(advantage Lucy) [ミュージシャン]
NHK教育テレビ「スイスイ!フィジー!」のオープニングソングを担当中。
advantage Lucy 公式サイト


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  • 第26回大会テーマ「十二月の雨の日」

「もしも次の日曜が雨降りだったら」
執筆:MAYA from West End




 ある日、私は、手つかずの日曜を手に入れる。仕事の約束が急にキャンセルになり、恋人は外国にいて、友だちに電話をしたって前日の夜では誰もつかまらないだろう‥

 土曜日の夜、そんな風にして、私は突然何の予定もない日曜を手に入れる。のんびりとバスタブにつかりながら、明日は、ふだんはなかなか行く気になれない遠くの美術館へ出かけてみようかと思う。それとも銀座の中古カメラ屋をはしごしようかな‥。

 けれど、翌朝目覚めると、街には激しい雨が降っている。外に出て何かをしようという気持ちを一気に失わせるほど激しい雨だ。カーテンの隙間から風に揺れる木々を眺め、私はすぐにベッドへと逆戻りする。雨の日は気圧が下がるから眠くなっちゃうんだよね、熊のぬいぐるみに私は話しかける。恥ずかしい話だけれど何かを抱きしめていないとどうしても眠れないのだ。

 そして再び落ちた長い眠りの中で、私は恋人の夢を見る。私たちは山の中の国道をジョギングしていて、でも、だんだんと私を無視して彼がスピードを上げてゆき、やがて後ろ姿も見えないほど遠くへ走り去ってしまう。私は彼を恨みながら一人長い坂を下り、でも、最後のカーブで彼は白い車を停めて私を待っていてくれる。そしてあわただしく今から別の場所へ行こうと言う‥

 目が覚めて、暗い部屋の中で、私はしばらくぼんやりとする。私は予知夢を見ることが多いけれど、一体この夢は二人の何を暗示しているのだろう?あまり良くない未来なのかも知れない‥

 カーテンを引くと雨足はだいぶ弱まっている。木々の枝に雨のしずくが丸くたまり、自動車が水しぶきを上げて走り過ぎる音が長く耳の中に残る。時計を見るともう2時半を過ぎていて、手つかずの日曜を私はだいぶ失ってしまったことに気づく。

 仕方がない。しょせん女性誌が提唱するようなお洒落な休日なんて送れる柄じゃないのだから。そしてパンを焼いて(パンにだけは女性誌なみにこだわっている)、もう朝食とも、昼食とさえも呼べない遅い朝食を取り始める。テレビもインターネットも見たくない。何世紀も前に書かれた小説を読み、それから通販のカタログを冷やかしで眺め、マグカップぎりぎりまで注いだミルクティーを立て続けに3杯おかわりする。けれど、4杯目をつぎに行こうと通販雑誌を閉じた瞬間、突然、涙が流れる。涙は後から後から流れてどうしても止まらなくなってしまう。きっかけは通販雑誌だ。その裏表紙に出ているタータンチェック柄の鍋つかみが、私に死んでしまった女友だちを思い出させる。彼女のはいていたスカートの柄を。彼女にかけることの出来なかった言葉の一つ一つを。

 ひとしきり泣いた後で、外はもう夕暮れ近くなっている。私は知っている。明日になればきっとまた私は冗談を言ったり怒ったり時にはジョギングしたりしてたくましく生きている。でも、雨の日曜には人は水の音に包まれてしまい、暗い思いを抱きしめるのだと思う。


執筆:MAYA from West End(フォトグラファー、ライター)
日本と中国を行き来しながら写真を撮ったり文章を書いたりしています。写真集『ONE NIGHT IN BEIJING』(共著)発売中。
http://www.maya-fwe.com/


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  • 第26回大会テーマ「十二月の雨の日」

「12月の魔法」
執筆:sato-C



いつも無意識に、人込みを縫うように歩いているのに、その日は何故か違った。

目的地が、なかなか見つからないから?
仕事終わりで疲れてるから?
それとも雨のせい?



12月…

X'masカラーとピカピカな灯りで幻想的に着飾った街を、お互いの気持ちを確かめ合うようにピッタリ寄り添う恋人達、プレゼントを楽しみにしてるキラキラ笑顔の子供達…。 寒さを忘れ、何故かそんな温かい光景をイメージしてしまう。何て素敵な魔法なんだろぉ…。



でも、
12月の雨…

そんな温かい空気は消え、一気に氷の街へ。コートの襟を立て、マフラーをグルグル巻き、寒々と 青白く光る街を、誰もが無言で足早に駆け抜けていく。しっかり握られた傘で、氷の空気から身を守りながら…。 12月の魔法が、雨の魔法に負けてしまった…。



そんな時、携帯が鳴った。


「今日、入籍しました。

二人をこれからも宜しくお願いします。」


突然の報告に、ただただ驚くばかり… … …。


でもその瞬間、
自分の周りの灯に、少しずつ温かさが戻り始めた。

たった二行のメールだけれど、
どんな魔法にも負けない温かい魔法を、自分にかけてくれました。

ありがとう。


街を行き交う人それぞれにも、
自分だけの温かい魔法にかかっていればイイな。

それより、早く雨が止んで、
元の温かい街に戻って欲しいな。



あっ。目的地、発見。

素敵な魔法のおかげかな…。




執筆:sato-C(アルチザン、DANCER)
CDとレコードの置き場所に困らない、タワーマンションに住みたい!(笑)


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  • 第26回大会テーマ「十二月の雨の日」

「『十二月』タグの思い出」
執筆:永川成基




 映画における『十二月』は幸福の象徴ではなく、主人公の惨めさを強調するための記号だ。

 浮かれる街 / 雨に濡れた主人公。

 プレゼントを抱えた家族連れ / 高層ビル、テロリストとの死闘。

 恋人たちの甘い夜 / 襲い来る三フィートのモンスター。


 僕がはじめて肉親を失ったのは十二月。

 はじめて入った会社を辞めたのは十二月。

 次に入った会社も辞めて前途不明のフリーになったのも十二月。

 左目が失明すると診断されたのも十二月。

 

 おかげで十二月が来るたびに、僕は何かから解放されたい、何かをやらかしたい衝動にかられる。

 基本的に思い出は簡単に劣化する。

 都合良く変質し記憶の中に折りたたまれて見えなくなってしまう。

 その中で、『十二月』というタグがついた思い出だけが鮮烈さを保ち、繰り返し想起されるのは、十二月に主人公は酷い目にあうという、安っぽい(けど経年劣化に耐えてきた)演出手法に結びついているからだ。

 だから僕は、忘れたくない思い出の鮮烈さを保つために、思い出を想起するタグを一緒に記憶しておく事にしている。

 滅多にあることではないけれど、忘れたくない事があった時。

 誰かに優しい言葉をかけてもらった時。自分は大丈夫なんだと思えた時、この時の事を繰り返し、繰り返し思い出すんだろうなと思った時。

 僕はできるだけ全てを感じる。

 言葉、声、表情、あかり、目の色、服の色、気温、大気の匂い。

 一番印象的な感覚をタグにつける。

 『肌着の匂い』、『足指の間を流れる水』、『他人の自転車を押している重量感』、そして『十二月』……。

 そうすれば、特別な気持ちを忘れずにいられる。



 その気持ちが本当に必要になった時、そのタグを使って、大事な気持ちをそっと呼び起こすのだ。




執筆:永川成基(ストーリーライター/ゲームデザイナー)
ゲーム・漫画・小説と媒体問わず物語を作ります。
ちなみに左目は治りました。
■http://www.h7.dion.ne.jp/~nagakawa/


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  • 第26回大会テーマ「十二月の雨の日」

『12月の鍋の日』
執筆:水島己



 今年ももう12月か。
 ソウルの食堂で、鍋をつつきながら思う。

 韓国では鍋を年中よく食べるが、冬にはその割合が断然多くなってくる。ソウルに住むようになって知ったのだが、日本でチゲ鍋という呼び方があるが、韓国語でチゲ=鍋なので変な表現だ。そして韓国料理の鍋って、実はすごく沢山あるんだということも知った。チゲ、チョンゴル、タン、クク、トゥッペギなど、「鍋」や「煮込み」などを表す言葉にこと欠かない。鍋は韓国のテレビドラマなんかでもよく出てくるが、そこには文字通り様々な物語が詰まっている。


 スタンダードなキムチチゲ。ソーセージやスパムなど軍の放出品が発祥のジャンクな美味しさが素敵なブテチゲ。独特のくさみがあり日本のみそ汁に近いテンジャンチゲ。豆腐がメインのヘルシーな(でも辛い)スンドゥブチゲ。豚の骨付きあばら肉をとジャガイモを鍋からはみ出すほど積んだワイルドなカムジャタン。牛を煮込み白濁した繊細なスープに素麺が入ったシンプルなソルロンタン。鶏を骨ごと甘辛く煮込んだ家庭的な美味しさのタットリタン。二日酔いのときに食べるモヤシ入りの爽やかなヘジャンクク……。ちょっと考えただけでも数十種の鍋を日常的に食べているんじゃないかと思う。


 韓国で鍋が好まれるのは、もちろん冬が寒いからというのもあるが、大人数でワイワイ食べられるからだろう。会社で昼食にコンビニ弁当を独りで、という光景はほとんどない。時には10人以上連れ立ってお店で食べる。そして韓国では、この店ならこの料理、というのが決まっている専門店が多い。冬になるととくに示し合わせないままに皆でぶらぶら歩き、その足取りは自然と鍋の店へ続く。日本から来たばかりの頃はどの店もいけると思っていたが、次第に美味い店というのが決まってくる。そういう店に限ってさりげない佇まいをしていて、いつも人が溢れているように見える。


 いいなと思うのは、鍋を食べる作法が基本的にフリースタイルであることだ。日本でいう「鍋奉行」的な、鍋を仕切る人は出てこない。ひとたび鍋が火にかけられると、みな粛々と鍋を囲み続ける。あらゆる人が鍋の下に平等なのだ。


 いっぽう、鍋を楽しむ姿勢についてはどん欲と思わせるところもある。近所の店で辛カルクックス(辛いうどんの鍋)を食べさせるところがある。まずコンロにかけられた鍋には、並々と野菜(春菊、しめじ、ジャガイモなど)だけが入った辛いスープが入っている。そこに薄切りの牛肉をさらし、しゃぶしゃぶ式に食べる。次に本丸であるうどんが厳かに投入される。スープがたっぷりとしみ込んだ煮込み野菜とうどんをいただく。そこで終わりでも十分に満足だが、さらに最後に鍋のスープを少しだけ残しいったん空け、その場で米や卵やごま油を投入してチャーハンを作る。カリカリになった香ばしいチャーハンに、取っておいたスープで水分を与え、さらさらといただく。これが抜群に美味い。世阿弥的にいうところの序破急が鍋の中に渦巻いており、そこでは様々なストーリーが奏でられるのであった。
 
 鍋の数だけ物語があるのだ。




執筆:水島己(風待茶房 編集)
エディター/ゲームデザイナー。3年ほど、東京ーソウルを行き来しながら仕事してます。猫舌ゆえ鍋が苦手でしたが、韓国に来て克服しました。


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  • 第26回大会テーマ「十二月の雨の日」

「十二月の雨の日」
作詞:松本隆
作曲:大瀧詠一
発売:1970.8.5(『はっぴいえんど』)


執筆:風待茶房編集部


大阪万博の1970年、ビートルズの解散が報じられた4月10日。

同じ頃、東京では、はっぴいえんどのファースト・アルバム『はっぴいえんど』(通称:ゆでめん)の レコーディングがアオイ・スタジオで行われていた。同年4月9日〜12日のことである。

70年8月5日発売のファースト・アルバム『はっぴいえんど』、 (71年4月1日発売シングル「十二月の雨の日/はいからはくち」)に収録の 「十二月の雨の日」は、20歳の松本隆、21歳の大瀧詠一によって描かれた、松本×大瀧オリジナル作品第1作。

タイトルに「雨」という字が入っている松本作詞作品、全39曲中の1曲である。


2004年発売の『はっぴいえんどBOX』のインタビューで 「十二月の雨の日」について松本隆自身が答えている。

松本:「これは、大瀧さんの家に行く途中の風景。(中略)ほんとに雨の日だった。 大瀧さんの家へバスに乗って遊びに行ったんだけど、そのときの風景が「十二月の雨の日」だった。 (中略)路面が濡れると鏡みたいに光を映していた。そんな風景を見ながらぼんやりと思っていたのは 、疎外感というのか、「自分はどうしてここに立っているんだろう」みたいなこと。 (中略)で、彼の部屋で「春よ来い」と「十二月の雨の日」の二つの詞を書いたんだ。同じ晩に。」

同BOXの大瀧氏のインタビューによると仮タイトルは「雨あがり」であったというこの「十二月の雨の日」という詞が生まれた日は、ほんとうに雨の日だったのである。


そして、「十二月の雨の日」はレコーディングされる。

69年10月某日 「雨あがり」のちの「十二月の雨の日」デモテープ作成(松本宅)
70年02月12日 「十二月の雨の日」デモテープを録音(御苑スタジオ)。
70年03月18日 レコーディング(アオイ・スタジオ)この日のテイクはお蔵入り。
70年04月09日 レコーディング(アオイ・スタジオ)『はっぴいえんど』に収録。
70年12月03日 レコーディング(アオイ・スタジオ)この日のテイクはお蔵入り。
71年02月03日 レコーディング(キング・スタジオ)シングル用 8チャンネル録音

約10ヶ月の時を経て録音されたアルバム用とシングル用の曲。約10ヶ月の空気差を聴き比べてみるのも楽しく、 また、同BOXのインタビュー、エンジニア編:島雄一氏によると 「「十二月の雨の日」の「キン!」という音はカウベルだったんじゃないかな」と書いてあり 、この音はカウベルなのかぁと、CDを聴きなおしたりしている。


それにしても、はっぴいえんどの歌詞はいつも、 なんとなくわかったようなつもりで聴いているけど、 いくつになっても、まだなんとなくわかっていないと想う。

そんな2007年12月の晴れた日。



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