• 第25回大会テーマ「雨のウェンズデイ」

『僕が恋し続けている曲』
執筆:高須光聖




 生きていると猛烈に人を好きになることが幾度かある。今から思えばどうしてあんなに簡単に、そしてシンプルに人を好きになれたのか不思議でしょうがない。夢に現れただけなのに、その時から恋しくて、いつしかその人から目が離せなくなっていく。少しでも声が聞きたくて、一目だけでも会いたくて、友達を付き合わせて、偶然を装って彼女の帰りを待ったこと会った。まさに恋に落ちるとはこのことを言うのだろう。もう他に何も見えなくなって、その人を思うだけで、息苦しいほどドキドキしてきたものだ。人は生きているうちに、そんな恋に幾度か出会う。それと同じように心が一瞬で奪われてしまう歌も、人生の中で必ずなん曲かある。

 今から二十年以上も前の夏、僕はまだ高校三年生だった。[壊れかけたワーゲンの ボンネットに腰かけて]……と始まる大滝詠一の「雨のウェンズデイ」。出会いは突然やってくる。

 三年間続けたサッカー部を引退し、みんながそれぞれの進路を真剣に考え始める頃、自分が何をしていいのか分からなくなっていた。ただ友達の家でぼぉ〜っとしているだけの日々。興味本位で覚えたタバコを吸って、氷冷気の氷をたっぷりいれたコーラを何杯も飲んでは、なま暖かい風が吹く扇風機に顔を寄せて、「あぁ〜〜〜」と震える声を楽しでいる。子供の自分と大人の自分が交差する中で網戸越しから僅かな風が部屋の中を通り抜けていく。

 そんな昼下がり、隣の部屋から聞こえてくるサウンドに僕らは耳を傾ける。友達の兄貴がレコードからカセットに曲を録音しているらしい。彼女を乗せた車で聴こうというつもりだろう。するとなんとも不思議な曲が聞こえてきた。柔らかく響くそのサウンドは、どこかオシャレで大人っぽく、一瞬にして心を奪われてしまった。
 その曲が「雨のウェンズデイ」。
 お金のない僕はすぐに、当時流行っていた貸しレコードに走った。手にしたのは『A LONG V・A・C・A・T・I・O・N』。
 永井博のジャケットがとてもクールで、家に帰ってレコード針を落としてから、次々と流れる曲に心躍った。松本隆さんの歌詞はまるで波のように滑らかで繋ぎ目がない。きめ細やかな言葉の配列はまさに神業。流れてくる曲全てがシングルカットしてもいいほど完成度が高く、もう一つだなという曲が一曲もない。
 こんなアルバムはたぶんこの世に存在しないだろうし、この後もきっと出てこない。猛烈に人を愛して、忘れられない恋があるように人には一生忘れられない曲がある。そして「雨のウェンズデイ」は、まさしく僕にとってそれであり、いつまでも色あせることはないだろう。



執筆:高須光聖(放送作家)
テレビのレギュラー番組を十数本持ち、自らの想い出を綴った「あまりかん。」を執筆。松本人志初監督作品「大日本人(カンヌ招待作品)」では共同脚本を担当し、スタジオ4℃制作アニメ映画にも脚本を提供。2008年短編映画を制作予定。
■mikageya.com


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  • 第25回大会テーマ「雨のウェンズデイ」

『海の近くに住んでいる』
執筆:伊藤ガビン




海の近くに住んでいる。

玄関から海岸まで、だいたい徒歩で2〜3分。

終電の座席からベリベリっと体を引き剥がして、ぶらぶらと家へと帰るとき潮の匂いを感じてる(コンビニで買ったガリガリ君を囓りながらだけど)。

海のそばに住むことで得たものはたくさんあったけれど、失ってしまったものも同じくらい多い。中でも、なんでも繰り返し残念だと感じるのが「海が見たい」と思うあの瞬間が生まれるその時が、生活の中から消え失せてしまったことだ。

自動車の免許を自分のものにして勢いでレンタカーを借りてしまったあの日あの時むかった人工海岸や、苛酷すぎるスケジュールの仕事の明け方メシ屋を探しているうちについてしまったあの漁港、そして何も話すことのなくなったデートで無言のまま向かった明るくまぶしい海岸。海の近くに住むってことは、そうした時間を手放すことだということを、僕はぜんぜんわかっていなかったんだな。


雨の日。僕は海岸の近くから都心まで仕事に向かう。朝起きて天気を調べたりする習慣のない僕は、玄関を開き雨が降っていれば傘を持ち、降っていなければ傘は持たない。

だけど、家の近所と都心との天気はちがうことも多い。だから僕は晴れた都内を傘を持ってうろうろしたり、地下鉄の出口から人々が当たり前のように傘を差して出て行くのを呆然と見送ったりすることになる。たいへん不便だ。

実のところ、こうした瞬間に僕は、郊外に住んでよかったなあとしみじみ感じている(ような気がする)。なにか得をしたような気持ちになる。この気持ちはうまく説明できたことがないのだけれど、まあ、要するに僕は郊外に住むことで不便さを手に入れていたわけだ。晴れているのに傘を持ち歩く不便さや、雨がざあざあと降っているのに傘を持っていない不便さ。言い換えればそれは、晴れた日に傘を持ち歩く自由だったり、雨の日に傘を持っていない自由だったりもするのだろう。

海が見たい、ときみに言われる機会を失ってしまったけれど、かわりに晴れた日に傘を持ち歩く自由を獲得したってわけだ。

これはこれで悪くない。




執筆:伊藤ガビン(編集者)
BCCKSというサイトを立ち上げ中ッス。
12月には誰でも「ブック」を作れるようになりますよ。
■http://bccks.jp/


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  • 第25回大会テーマ「雨のウェンズデイ」

『なぜか悲しげな曜日の歌。』
執筆:渡辺克己



 1989年までフジテレビ系列でオンエアされていた「オレたち! ひょうきん族」。

そのエンディングテーマを担当したのがEPO、山下達郎、松任谷由実。全曲の歌詞に「土曜日」が入っている。個人的にはまだ小学校低学年だったにもかかわらず、これらのエンディングテーマを聴くとつい「どこかへ出掛けよう」と、テンションが上がったもの。しかし、この話を隣席の20代女子にふってみたところ微妙なリアクション。今やこの話、オーバーサーティにしか通じないのに驚く。彼女は自称カトケン世代。

 さて、話を戻して楽しい出来事はやっぱり週末。それゆえ金、土、日の曜日がタイトルに入った曲の楽しい曲が多きこと。そこで他の曜日歌にどんなものがあるか、愛用しているデジタル・オーディオ・プレイヤーを調べてみた。

月曜日:キャロル・キング「マンデイモーニング・ウィズアウト・ユー」
火曜日:スティヴィー・ワンダー「チューズデイ・ハートブレイカー」
水曜日:大瀧詠一「雨のウェンズデイ」
木曜日:ピチカート・ファイヴ「優しい木曜日」
金曜日:ザ・キュアー「フライデイ・アイム・イン・ラブ」
土曜日:松任谷由実「土曜日は大キライ」
日曜日:ベルベット・アンダーグラウンド&ニコ「サンデイ・モーニング」

 ちょっと愕然。切ない曲のオンパレード。キャロル・キングとスティヴィーは言うまでもない。ピチカート・ファイヴは、五月の木曜日に出会い、寒くなったある木曜日に突然彼がいなくなるというラヴソング。また、キュアーにいたっては陰惨な毎日を歌い「ちょっとだけましな金曜日」という、絶望的な歌である。うーん、個人的な趣味ながら、全体的に切なめなのに驚いた。

 話を変えて週末の曲。レコード棚を見てみたところ
金曜日:リリーアレン「フライデイ・ナイト」
土曜日:デ・ラ・ソウル「Roller Skating Jam Named "Saturdays」
日曜日:パフィー「日曜日の娘」

 少々、バラツキはあるもののどれも名曲、ヒット曲だ。
そう上記の切ない曜日歌も決してマニアックな曲ではなく、どれも名曲とされている曲ばかりだ。字数が尽きてきたので、ここで強引にまとめると、曜日歌に名曲多し。




執筆:渡辺克己(ライター)
カルチャー誌を中心に執筆中。最近は珍しい台湾産のお茶の研究に没頭。


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  • 第25回大会テーマ「雨のウェンズデイ」

『水玉がボクの心をノックする日』
執筆:batayam(ばたやん)




雲の如雨露から雨のキャンディが降ってくる。

「あぁ、ココが噂の桃源雨境。」 そんな、

雨の境界線に居合わせたことがある。



ハリネズミみたいなボクの身体の、

半分に雨が降り
左半分は晴れている。


雲氏の爽やかな手の動き、雲の如雨露を追いかける。


ブルースターの空を見上げるボクの視界の、

右半分に雨が降り
左半分は晴れている。

そんな、
雨の境界線に居合わせたことがある。




世界に約800種といわれる昆虫の
ミズスマシ(水澄まし)たち。

水の表面張力を利用して泳ぐ彼らの瞳。

彼らの複眼は上下に分かれ
水中と空中の状態を見ることができる。


うん、水中と空中を同時にみるんだ。



空の如雨露から水のキャンディが降ってくる。




執筆:batayam(ばたやん)
詩・文・絵・写真・デザインする人。/ 生きているから想うんだ、毎日に魔法をかけていこう。「ペルセウス座の近くに見えるのがボクの恋の彗星です。」「晴れと雨の間には、ただ曇りがあるわけじゃない。」真夜中の子供、ばたやんの宇宙への落書き。お寝しなにご賞味下さい。『毎日に魔法をかけていこう』
http://www.berry-records.com/


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  • 第25回大会テーマ「雨のウェンズデイ」

『入稿のウェンズデイ』
執筆:水島己



 風待茶房のNEWSでもお伝えしているとおり、風待茶房企画の松本隆作品コンピレーションアルバム『風街少年』『風街少女』の発売日(2007年11月21日)まであと3週間と迫りました! 12名の著名人の方々(羽海野チカさん、おぎやはぎさん、草野マサムネさん、佐内正史さん、高須光聖さん、堤幸彦さん、中川翔子さん、ピエール瀧さん、秀島史香さん、松本大洋さん、リリー・フランキーさん、渡辺武信さん)に松本作品を選んでいただく、というユニークな切り口のコンピレーションアルバム。完成までの道のりは予想外に険しく、選者となっていただいた12名のみなさんはじめ、実に多くの方のご協力によって実現いたしました。ライナーノーツには選者の方のインタビューが『風街少年』『風街少女』あわせて12本掲載されており、雑誌の特集なみの読み応えがあると思います。インタビューと60曲分の文字校正だけでも大仕事で、この原稿を書いている前日にようやく入稿が終わり、ホッとしている次第であります。

 風待茶房をご覧になっている方はお気づきかもしれませんが、『風街少年』『風街少女』の企画の元になったのは、風待茶房のいちコーナー「風街俺図鑑」です。松本ファンに松本作品を選曲していただき、それについて熱く語っていただくという内容なのですが、毎回、取材している側が圧倒されるほど熱く語っていただき、取材時間が数時間に及ぶこともありました。松本作品を読み解く切り口が様々で、目から鱗の解釈が続出。これをコンピレーションアルバムに凝縮すれば、ユニークなものができるに違いないと思いました。また1999年に発売された松本隆作詞家30周年記念コンピレーションアルバム『風待図鑑』(選曲、編集、デザイン共に素晴らしい出来!)がすでに廃盤になっており、ネットオークションでは数倍の値段で取引されるなど、手に入りにくい状況があったことも、今回の企画の要因になっております。

 難しいのは、こうしたレコード会社の壁を越えたコンピレーションアルバムを作ろうとする場合、様々な“大人の”事情で収録曲に制約があるところです。同じアーティスト、同じレコード会社に選曲が集中しないような調整が必要でした。そこで今回は、選者の方々に曲を多めに選んでいただき、その中で調整をさせていただきました。泣く泣く収録できなかった曲も結構あり(例えば松田聖子さんの曲を多く選んでいただいた中川翔子さんの選曲で漏れたものが多かったり)、残念なところではあるのですが、ライナーノーツには収録されなかった選曲もすべて記してあるので、興味のある方はご覧になっていただきたいと思います。

 個人的に収録曲の注目ポイントを挙げてみます。『風待図鑑』には収録されなかった「硝子の少年」(KinKi Kids)や、2000年以降の近作「CRESCENT MOON」(中島美嘉)、「罌粟(けし)」(畠山美由紀)、「眠りの森」(冨田ラボfeaturingハナレグミ(永積タカシ))、「ビーズ細工」 (パーランマウム)などが収録されているのが嬉しいところ。また、草野マサムネさんが「聴きたくて音源を探してた」とおっしゃった「ドン・ファン」(神田広美)や、中川翔子さんが「元祖ツンデレ曲!」と分析した「約束」(原日出子)、テレビ番組などで知られる鮮烈な印象の「Deep」(渋谷哲平)などの渋い選曲も楽しめます。もちろん「ルビーの指環」(寺尾聰)、「雨のウェンズデイ」(大滝詠一)、「Romanticが止まらない」(C-C-B)、「君に、胸キュン。(浮気なヴァカンス)」(YMO)、「さらばシベリア鉄道」(太田裕美)、「蒼いフォトグラフ」(松田聖子)、など時代を越えた名曲も盛りだくさんです。

 ジャケットのイラストレーションは、『ハチミツとクローバー』で知られる漫画家の羽海野チカさんにお願いしました。ご存知の通り、これまで松本さんは直感に従ってアルバムのイラストレーションを漫画家の方にお願いされています。ぱっと振り返っても、『はっぴいえんど(ゆでめん)』(はっぴいえんど)の林静一さん、『AURA』(クミコ)の高野文子さん、『はっぴいえんどBOX』(はっぴいえんど)の松本大洋さんなど。今回は「羽海野さんしかない!」ということでお願いしたところ、新作『3月のライオン』の連載開始と時期が重なりかなり厳しいスケジュールの中、素晴らしいイラストを描いていただきました。デザインは風待茶房や近年の松本作品のジャケットも手がけたgroovisionsが担当。ジャケットは羽海野さんのイラストを生かしたシンプルで強いデザインに、各36ページにも膨れたライナーノーツはスッキリと美しくデザインしていただきました。

 こうして出来上がりつつあるアルバムは、松本作品の名曲と12名の選者の方の思いが生み出した、この上なくユニークなコンピレーションになっています。これまで松本作品に親しんで来た方も、まだ聴いたことのない方も、ぜひともお楽しみいただきたいと思います。


執筆:水島己(風待茶房 編集)
エディター/ゲームデザイナー。『風街少年』『風街少女』のために、羽海野チカさんと松本隆さんとで対談をしていただきました! 近日、風待茶房で公開いたします。また、アルバムの発売にあわせ、様々なメディアで選者の方と松本さんとで対談をしていただいておりますので、随時、風待茶房で告知いたします。対談を読みつつ『風街少年』『風街少女』を聴くと、さらに楽しめますよ〜。


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  • 第25回大会テーマ「雨のウェンズデイ」

「雨のウェンズデイ」
作詞:松本隆
作曲:大瀧詠一
編曲:多羅尾伴内
発売:1981.3.21(『A LONG VACATION』)


執筆:風待茶房編集部


 「雨のウェンズデイ」は、1981年に発売された大滝詠一の大ヒットアルバム『A LONG VACATION』収録曲。同年「恋するカレン/雨のウェンズデイ」としてシングルカットされ、さらに翌年A/B面を入れ替えて再びリリースされた。

 『A LONG VACATION』は、はっぴいえんど解散後、熱心な音楽ファンにアピールしてきた大滝が、はじめて全面的に大衆に受け入れられミリオンセラーを記録したアルバムである。日本レコード大賞のベストアルバム賞を受賞した。英米ポピュラーミュージックの滋養を生かしつつ絶妙なバランスで構成された、ユニークかつ洗練されたドリーミィなソングライティングとサウンドプロダクション。1曲を除いてすべて松本隆の手による、透明感あふれる詞の世界。そしてここではじめて全貌が明らかになった、大滝のヴォーカリストとしての優れた資質。すべての要素が高い次元で結集した、日本のポピュラーミュージックの金字塔とも言うべきアルバムである。

 興味深いのは、大滝、松本以外のはっぴいえんどのメンバー(細野晴臣、鈴木茂)もレコーディングに参加している点であり、ある意味で彼らは日本語によるロックを完成させた『風街ろまん』(はっぴいえんどの2ndアルバム)からちょうど10年後に、『A LONG VACATION』という形で日本のポップミュージックの眩い到達点を示したと言える。

 メロウなギターのカッティングから始まる「雨のウェンズデイ」は、『A LONG VACATION』ではB面の1曲目に位置し、アルバムの柱として特別の存在感を放つ。[壊れかけたワーゲン][降る雨は菫色]など、情景描写は最小限に抑えられているのにも関わらず、海岸で雨に濡れそぼって目的も無くたたずむ男女の情景が驚く程クリアに浮かび上がる。大滝による密度の高いサウンドや透明感のあるヴォーカルが、全力で一つの空気感を指向しているからだろう。その積み上げが、歌詞にはただ[wow wow Wednesday]とだけある8小節に結実する。そこには、移ろいつつある男女の距離感や、目の前に果てしなく広がるほの暗い海の情景など、多層の深い意味を読み取ることができる。

 2002年に「風待茶房」で行われた松本隆との対談(『松本隆対談集 KAZEMACHI CAFE』に収録)で、大滝詠一は松本の詞を歌う“秘訣”を少しだけ披露している。「松本の詞っていうのはまばゆいわけだ。それを歌うっていうのは、どこが光ってるかどこが光ってないか、白黒映画の陰影の見せ方みたいなものに気配りしなきゃダメなんだよ(中略)ここは明るい、ここは暗いって。そしてそういうふうに丹念に歌わないと詞が生きないんだ」。「雨のウェンズデイ」は、こうした大滝の執念ともいうべき細部にわたるこだわりが生み出した、傑作である。



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