• 第24回大会テーマ「さらばシベリア鉄道」

『さらばシベリア鉄道』
執筆:太田裕美



1980.11.21発売か。

その頃私の心は、極寒のシベリアのド真ん中に立っていた。
ちょうど長期休養を決めた頃。

1974.11.1に「雨だれ」でデビューして以来、
ずっと一本のレールの上を走り続けていた。
そのスピードはぐんぐん増し、最初はのんびり眺めていた美しい景色も、
そのうち瞬く間に過ぎ去り、見る余裕もなくなり、
気がつけば、ただひたすらに歌い、眠りこける日々だった。

大瀧さんのレコーディングを見に行ったことから歌うことになった、
「さらばシベリア鉄道」

久しぶりの松本さんの詩は、冷たくて悲しかった。
そして、やさしかった。

いついついつまでも 待っている、と言ってくれてた。

81年一年かけて仕事に片を付け、
82年NYへ行った。たった8ヶ月だったけど・・・。

そして私は、レールは一本だけでなく、たくさんの支線があること、
その支線はいつかまた、一本のレールにつながっていることを知った。

私はいま、妻になり、母になり、歌を歌い続け、
愛の意味を知りつつある。

今なら、たとえ荒野にひとり放り出されても、
その空の広さや風の冷たさを感じ、草木の香りを楽しみ、
大地をしっかり歩いていける気がする。


そしてまた、ひょいっと、
シベリア鉄道に乗ってみる、と思う。


執筆:太田裕美
1974年「雨だれ」でデビュー以後「木綿のハンカチーフ」、「赤いハイヒール」、「九月の雨」、「さらばシベリア鉄道」、「君と歩いた青春」など数えきれない名曲を歌い、フォークと歌謡曲のジャンルを超えた新しいシンガーとして、現在のJ-POP女性VOCALISTの道を開く。その後も充電のためニューヨーク滞在。帰国後は現代音楽、邦楽、ジャズなどさまざまなジャンルのミュージシャンと共演など幅広く活動。現在は二人の男の子の母としての生活を大事にしつつ家庭と音楽を両立させている。22年ぶりのオリジナル・フルアルバム『始まりは“まごころ”だった。』(SMDR MHCL-1000 ¥3,000税込)が発売中。
■URL:http://www.sonymusic.co.jp/Music/Info/hiromiohta/


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『さらばシベリア、パタゴニア。』
執筆:ピーチボーイ


 「好きな季節」というものは十人十色であるけれど、僕の季節の嗜好は数年おきに夏⇒冬、冬⇒夏と反転していた。

 中学3年の頃は、「シベリア」「パタゴニア」と聞くだけで、寒々しく荒涼とした大地をのし歩く自分の姿を想像してうっとりしたり、小学館の『BE−PAL』誌で紹介されている厳寒期の装備などを眺めては、「おれもいつかは・・・」と、すごい装備を身につけ、コッヘル(鍋みたいな登山用品)で雪を溶かして飲む自分の姿を想像したりしてついついぽわーんとなっていた。

 また、寒い国もとても気になり、モスクワの「クレムリン」の衛兵の行進をテレビか何かでみて、まんまとそれに影響され、「やっぱ、寒い国の人間の動きは、こう、きびきびしとるなあ。」と、真似して足を思い切り高く上げながら歩いていたら、学校の階段から転げ落ちそうになった。

 そんな僕のかつての「冬好み」は何かの間違いだったかのように、今から4、5年ほど前は、夏が一番好きな季節となっていた。その頃は、冬になるとほとんどノイローゼ状態だった。「クーラーなんかいらない!!夏は暑いものなのだから。」と摂氏40度近い自室内にてハウス、ディスコなどの舞踊音曲のレコードなどを再生して踊り狂ったり、意味もなくぎらぎらの灼熱の太陽の下にて脳内BGMのスティービー・ワンダー『アナザー・スター』にあわせて、♪ラーラーラーラーラーラララーラーラー、と飛び跳ねていたりしたら、たちまち「あせも」が首や肘の裏側にみっしりできて、風呂上がりに真っ白い治療薬を塗りたくる羽目になった。

 そして今。夏と冬が載った「好きな季節」の天秤は、どちらに傾くともなくふらふらと揺れ動いている。夏にテンションがアガりすぎて活動的になりすぎれば「あせも」が出るし、冬は冷え性の僕にはやはりつらい。現に、これを書いている10月9日の時点で、すでに足元はLL Beanの毛糸の室内履きでがっちり固められている。

 かつて、『世界の車窓』という番組があった(まだあるかもしれない)。中学生だった僕は、その番組で流れていたシベリア鉄道の車窓をよぎって流れる風景にあこがれていたが、現実的な話、あれに乗ったら寒くてしようがないだろうと思う。車内はいいかもしれないが、外に出れば・・・ねえ。

 さらばシベリア、パタゴニア。僕が住みよい気候の範囲というものは、ものすごーく狭いのだとようやく三十路になって気がついた。


執筆:ピーチボーイ(DJ/トラックメイカー)
"Pop Up"というリミックス・アルバムに参加いたしました。
もしよかったらお聴きください!!
http://www.jetsetrecords.net/

■http://www.myspace.com/peechboy


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『さらば慕しき恋の味』
執筆:batayam(ばたやん)


「小倉トースト」は恋の味がする。

食べてみるまでは、
その香ばしい触感も、
くちびるに伝わる熱の温度も、
甘い想像の未知の味。




吉祥寺にボア(bois)という老舗の喫茶店がある。

50年の歴史が明日2007年10月9日に閉店してしまう(予定。10/1現在)
その喫茶店ボアに「小倉トースト」というメニューがある。
こんがり焼いたトーストに、甘く煮た小豆と生クリームが奏でる魅惑の軽食だ。

「すごくお時間かかりますがいいですか?」「はい、だいじょうぶです。」

ボクは決して常連だったわけではないけれど、
閉店の噂にここ数週間店員さんの煩忙を知りつつ何度か足を運び、
もう食べられなくなってしまう「小倉トースト」の味を確かめている。

「小倉トースト」という食べ物は名古屋に行けば食べられるだろう、
都内で他にもメニューに載せているお店があると聞く。
それに「小倉トースト」が大好物なわけでもなく、
ずっと探していた味でも、ずっと待っていた味でもない。

でも、ボクにとって、ボアの「小倉トースト」は、
どうしようもなく懐かしく愛しい味がするんだ。


それはボクが、
祖母のひざ枕のようなボアの赤いソファに座り、
夢色の詩を描いていた時間のショートケーキや、
隣りの席で愛を囁いていた果実のような恋人たちの会話を、
記憶として食べてしまったからなんだと想う。
特別な味にしてしまったせいなんだ。


食べてしまうと消えてしまう。

消えてしまう前に食べてみたい。



ボアの「小倉トースト」は恋の味がする。

食べてみるまでは、
その香ばしい触感も、
くちびるに伝わる熱の温度も、
甘い空想の未知の味。


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ボア(bois)
創業:1947年/喫茶店は1957年(2007/10/9閉店 予定)
住所:東京都武蔵野市吉祥寺南町1-2-2
時間:10:00〜19:00(水曜休)
JR・京王 吉祥寺駅 公園口から徒歩30秒。


ボア大好きです。是非、お近くで復活してください!

執筆:batayam(ばたやん)
詩・文・絵・写真・デザインする人。/ 生きているから想うんだ、毎日に魔法をかけていこう。「恋をみることは過去をみることであり、未来をみることである。」「先生、宇宙は何色ですか。」真夜中の子供、ばたやんの宇宙への落書き。お寝しなにご賞味下さい。『毎日に魔法をかけていこう』 http://www.berry-records.com/


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『鉄道ダイヤ職人への道』
執筆:遠藤敏文



 日本の鉄道ダイヤは優秀だという話を聞いたことがある。海外の鉄道事情に詳しいわけではないので、実際のところどうなのかは調べてみないとわからないが、分刻みで寸分の狂いもなく列車が運行している国は世界の中でも非常に珍しいのだという。1時間に3本しか電車が走らない田舎で育った僕にとって、山手線や中央線の運行間隔の短さはたしかに衝撃的だった。次々に列車が到着しては出発して、渋滞することなく正確に流れているのだ。ほとんど観覧車のように目に映った。

 これはあとで気づいたことだが、日本の列車は単に時間に正確なだけじゃなくて、何かトラブルが起きたときの切り替えもすごい。どこか1箇所が壊滅状態になっても、全線が動かなくなってしまうことなんて、ほとんどない。大量の列車が同時に運行している中で、一体どういう指令を出したら折り返し運転なんてできるんだろう? ボトルネックになりそうな箇所を事前に洗い出してダイヤを組んでいるんだろうけど、復旧時の対処方法を想像しただけで頭が混乱してしまう。列車の運行ダイヤを上手に作れる人は、きっとどんな複雑な仕事でも並行してこなせるはずだ。

 以前、『A列車で行こう』というシミュレーションゲームを徹底的にやり込んだ時期があった。広大な土地の中に線路を敷いて列車を走らせ、街を発展させていくというものだ。列車ごとに発車時刻や停車駅を決めて、自分で組んだダイヤ通りに複数の列車を同時に走らせるのだが、それがうまくいったときの快感は格別だった。山手線や中央線に似せた線路を敷いたこともあったし、もっと複雑な線路にも挑戦した。ひたすらまっすぐに伸びていくシベリア鉄道のような単純な線路ではお話にならないくらい、極限までこのゲームをマスターしたと思う。

 さて、そんな僕の現在はといえば……ごめんなさい! この原稿の締め切り、丸々1日遅れてしまいました。よく考えたら布団も干しっぱなし。食後の薬も飲み忘れてるし……もう全然ダメじゃん! このシングルタスクのヘボ頭脳めっ! 『A列車』をやり込んだまではよかったが、僕は「並行してなんでもこなせる男」ではなく、ただ単に「『A列車』がうまい男」になっただけだったようだ。使えねぇ〜。

執筆:遠藤敏文(フリーエディター/ライター)
現在、『コンティニュー』『日経エンタテインメント!』『anan』などで執筆。年内に単行本を出すべく、水面下で企画進行中。


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  • 第24回大会テーマ「さらばシベリア鉄道」

『蒸気機関車のある公園』
執筆:水島己



 蒸気機関車を公園に置こうという発想はどこから来たのだろうか。本当なら博物館にでも保管しておきたいところだが、なまじでか過ぎるので、公園くらいで手を打ちましょうということなのかもしれない。たぶん、日本中のいろんな公園に、新橋のSL広場のようにゴロンと置いてあるんだと思う。僕の住んでいた岡山にもあった。

 公園に設置されたSLは、浜辺に打ち上げられたクジラのように、すこし物悲しいところがある。どこにも行けず、どっしりと動かずにいるSL。機関車に興味がないので、それがどういう型番なのか(その筋の人にとっては重要事項なのだろう)、全然記憶にはないのだが、子供心にすごくテンションが上がる存在だったことは確かだ。幼稚園から大学に上がるまで、SLのある公園が自分の過ごす場所だった。

   4歳か5歳の頃、母親に連れられてSLのある公園に来ていた。併設された図書館で母親が本を返す間、SLに登ったり降りたりして遊んでいた。今では柵で囲われて入れなくなっているが、そのころは自由 に遊べるよう解放してあったのだ。ボイラーに何か投げ込む振りをしたり、機関車から落ちる振りをして後ろに回り込んで運転席に飛び込んだり、自分なりの冒険活劇を一人で展開していたように思う。蒸気機関車が全身から発する「本物感」は、すべり台などとは根本的に違っており、それが夢中にさせる原因だった。転んで頭をぶつけたりしても全然気にならなかった。

   ここからは後から聞いた話だが、遊び終わって母親のところに駆け寄った自分は、「かあさん、世界が赤色に見えるよー」と言ったらしい。我ながら戦慄を覚える言葉だ。見ると額から血がドクドクと流れていた。母親の白いブラウスを真っ赤に染めながら、病院に連れて行かれ、5針縫った。SLが柵で囲われたのは、そういうことがあったからなのかもしれない。

   その後もその公園にはよく通った。小学生のときには併設の図書館に通ったり、高校生のときには女の子と朝まで公園で話をしたり、浪人した時は予備校が近くにあったので毎日のように弁当を食べていた。そう考えると、なんだかSL公園に育てられたような気 にすらなってくるから不思議だ。世界を赤く染めた額の傷は、いまでもはっきり残っている。


執筆:水島己(風待茶房 編集)
エディター/ゲームデザイナー。「風待茶房」のニュース欄で発表した通り、12名の著名人が松本隆作品を選んだコンピレーションアルバム『風街少年』『風街少女』を、11月21日発売予定で製作中! もうすぐオフィシャル・サイトもオープンします。


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  • 第24回大会テーマ「さらばシベリア鉄道」

「さらばシベリア鉄道」
作詞:松本隆
作曲:大瀧詠一
編曲:萩田光雄
発売:1980.11.21


『この迷路の向うには何があるの』
―データでみる松本隆:1―

執筆:風待茶房編集部


山口百恵さんの引退コンサートが行われた1980年。
この年に発売された松本隆作詞作品は85曲。

『さらばシベリア鉄道』は、太田裕美さんの19枚目のシングル曲であり、オリコン最高順位70位、2007年今現在、 太田裕美さんに提供した松本隆作品全100曲中の一曲である。

大瀧詠一氏との共作による太田裕美さんへの楽曲提供は今現在3曲存在し (他2曲は『恋のハーフ・ムーン』(1981)、『ブルー・ベイビー・ブルー』(1981)。 『かくれんぼ』(1999はっぴいえんどのカバー)を除く。) 太田裕美さんへ提供した初めての共作曲がこの『さらばシベリア鉄道』である。

まるで冒険映画のオープニングのように壮大なスケールで始まるイントロに乗せて物語は疾走する。 特筆すべきは「雪に迷うトナカイの哀しい瞳」であろう。 松本作品には数々の動物が登場する。 トナカイは他にもクリスマスをテーマにした作品で描かれたことがあるが、 ここでのトナカイはシカ科で唯一雌雄共にかっこいい角を持つ、 「馴鹿」としてのトナカイであろうか。 『Tシャツに口紅』に登場する「不思議な瞳をしてみていた犬」とともに、 動物と瞳シリーズと呼んでみよう。



ところで世界一長い鉄道(全長:9297km)としても有名な「シベリア鉄道」は、 ウラジオストク〜モスクワ間の鉄道を総称して「シベリア鉄道」と呼ばれ、 今なお現役のアジアとヨーロッパを結ぶ重要な交通路の一つである。

以前から’シベリア’というキーワードがどこから生まれたものか気になっていたのだが、 ひとつ思い当たるとすれば、『さらば―』が発売された1980年夏に開催されたモスクワオリンピックであろうか。 冷戦の影響で日本は出場をボイコットしたとはいえ、当時関心の高い話題であっただろうと推測される。 ただの憶測かもしれない、ただ、松本作品には時代を反映したキーワードが数多く隠されていることがある。 それらのキーワードに出会う毎に百科事典を繰るのも茶房的鑑賞法の醍醐味である。

また、『さらば―』と同じ日の1980年11月21日に発売された松本作品に『ALASKA』(宮田あやこ 作曲:佐山博) という曲があるということも、データとして並べてみるとなかなか興味深い。



前年の1979年、とある新聞のインタビューで松本は、 「作詞はSF小説を書くようなものかなぁ。いまは、迷路の問題を出すような感じだけど―」と答えている。

迷路の問題を解くように歌を聴くと過去や未来が車窓にみえる。
哀しみの裏側には、今、この迷路の向うには何があるのだろう。

先日、とあるミーティングの際、松本がふと呟いた。
「線路がなければ列車は走らない。」

とかく列車の性能ばかりを気にしがちであるが、 迷路に次々と現れる坂道や急カーブを越えてゆくと、 次の季節へと続く線路が遥か遠くの光のような焦点に、 結ばれてゆく気がする夏の終わりである。



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