「水中メガネ」
作詞:松本隆
作曲:草野正宗
編曲:大平太一
発売 1999.7.7
『地上にゆらりと出現した夏の影』
執筆:風待茶房編集部
Chappieとは、デザイン事務所groovisions(グルーヴィジョンズ)が手がける架空の女の子タレント。服装や髪型を様々なかたちに変えて複製を繰り返すユニークなキャラクターである。NTT DocomoやJTBなど大企業の広告に起用される一方、等身大マネキンのインスタレーションとして海外の展示会に出展したり、メジャーレーベルからレコードデビューしたりと、非常に触れ幅の大きい活動をしており、その存在は現代アートとしても高い評価を受けている。
「水中メガネ」は1999年3月にレコードデビューし、同年7月に発売されたChappie3枚目のシングル。スピッツの草野マサムネが、初めて自分以外の作詞家しかも松本隆と共作、ということでも話題となった。両A面のもう1曲は、松本隆作詞、細野晴臣作曲の「七夕の夜、君に逢いたい」。
Chappieはレコードデビューにあたり、全ての曲でサウンドプロデューサーや参加アーティストが異なるというユニークなコンセプトを持っていた。曲ごとに明らかに違って聞こえる声の主は一体誰なのかと、発売のたびにファンの間で話題となったのもChappieならではのエピソードだ。シングルCD2枚組のジャケットは、プラスチックカバーを外すとChappieが浴衣(「七夕の夜〜」)から水着(「水中メガネ」)に着替えるという特殊仕様。デザインと曲が深く交わり、CDそのものが物欲をそそるプロダクトとしてデザインされている。
Chappieの専属マネージャーであるgroovisionsは、現在にいたるまでずっと松本隆の公式ホームページ「風待茶房」のデザインを担当している。ちなみに「風待茶房」が最初にオープンしたとき、カフェで撮影されたトップページ写真には、“マスター”の松本と一緒に、“看板娘”としてChappieのマネキンが写っていた。groovisionsから作詞のオファーを受けて、松本は「昔バイトだった女の子が歌手デビューしたんだから、一肌ぬいでもいいよ」と快諾したそうだ。
草野マサムネは、曲先でChappieのために書き下ろしの曲を提供した。(松本隆の30周年トリビュートライブ「風街ミーティング」で、一度だけこの曲をセルフカバーしている。)ミディアムテンポで抑揚押さえゆったり歌うスタイルは、Chappie自身の持つポップで不条理なイメージに、新たな深みを付加している。マイナーキーで始まり余韻を残して終わるせつないサビのメロディと、記憶の水槽の中でたゆたう影のある世界観が、物悲しい夏の情景を掻き立てる。とくにメロディと不可分なまでに交わった「ゆらりゆらり」という見事なラインは、この曲を強く印象づける。また同時に、コーラスの歌い終わりの「私は男の子」「見知らぬ女の子」は、衣装を変え単体の個性を消して無限に複製していくことで性別まで越えくっきりとした“現象”として浮かび上がる、Chappie自身のコンセプトを、驚くべき精度で射抜いている。
爆発的なヒットこそしなかったが、1999年7の月、ノストラダムスの予言と引き換えに(?)地上にゆらりと出現した名作である。その後もネット上でいまだに再発見され、語られているのが何よりの証拠だろう。