• 第23回大会テーマ「水中メガネ」

『自分が悪かった』
執筆:伊藤弘



めがねをかけることになったのは割と最近のことである。めがねをかけることにあこがれてはいたのだが、ずいぶん長い間視力がよかったので自分とは縁がないものと思っていた。実際は、相当視力が落ちてから、たまたま運転免許の更新で自覚することになるのであるが、それまでは、見えている、むしろかなり優秀、くらいに思っていた。仕事上プロモーションビデオなどを作るので、薄暗いスタジオでモニターを凝視したりするのであるが、ある時期からその画質にどうも納得がいかないことが多くなった。スタジオでの作業の一つにテレシネという行程がある。フィルムで撮影した画像をカット毎にビデオに変換していく作業で、画面のトーンを決定する重要なプロセスだ。ちょっとしたことが大きく作品の見え方を変えてしまうので、たいへん集中して、画面を作っていくのであるが、どうもイメージがクリアでないというか、どこか、眠たい画質なのだ。いつもの優秀な撮影スタッフはもちろんその出来映えによろこんでいるし、使用してきた撮影環境は相当なクオリティを誇るもので、画質が悪いはずはないのである。結局はいつも、どこかで不満を感じつつも、自分で勝手に妥協点を設定しながら、「ああ、いいですね、ステキです・・・」などと明らかに気持ちの入っていないコメントを返してはいたのである。とにかくたちが悪いことに、自分の視力に不都合があるなどという発想が皆無なのだ。

めがねをかけるようになり、いつもの撮影スタッフにこの衝撃の事実を告白したときは、さすがに優しい奴ら、大いに笑ってくれたのであるが、視力に限らず、意外と笑えない話だと思っているのだ。



執筆:伊藤弘(groovisions代表/デザイナー)
グルーヴィジョンズ、この夏もデザイン街道爆進中。年末にはひさびさの作品集の出版と、シンガポールでの個展が予定されています。
■http://www.groovisions.com


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  • 第23回大会テーマ「水中メガネ」

『水中メガネ』制作秘話?
執筆:大平太一



水中メガネはヘッドフォンステレオに似ている。潜った瞬間から誰にも邪魔されず、景色は全てが自分専用になる。それは他人の視線や外界の雑音から解放された、でも決してずっとは居続けられない束の間の美しい孤独。音楽は雑音から耳をふさぐ耳栓で、ふさいだ耳に聞こえるのは自分の鼓動と心の声。今から8年前、ChappieがCDデビューして自らの心音を鳴らし始めた時、僕はすぐそばでその音を聞いていた。

1曲ごとに異なる作家陣やサウンドプロデューサー。実にバラエティに富んだ作品集だったが、Chappieが決定的に他のアーティストと違っていたのは、曲ごとにボーカリストが変わるという点だった。いや、あくまでもボーカルはChappieなんだけどね。当時から「あの曲を歌っているのはきっと○○だ」という憶測が話題になっていた。

実際の制作過程で、最も重要かつ困難を極めた作業が、この「歌い手の選定」。中でも、本当に思い出すだけで冷や汗が出るのが『水中メガネ』のボーカリスト探しだった。それくらいギリギリまで決まらなかった。あまり書いてネタバレになるのは無粋だが、ひとつだけバラすと僕の知る限り、巷で飛び交っている憶測や噂に正解は無い。恐らく今後も謎のまま、いややっぱりChappieだったということで。

ところで近年、アニメやゲームといった日本の文化は海外にも次々と輸出され、その技術や作品性の評価が高まっている。そんな日本の若者の間では「声優」があこがれの職業として人気だ。反論もあるかも知れないが、Chappie作品の実際の歌い手はこの声優に近かったかも。

2007年という時代を考える。例えばネットが生んだ匿名社会やyoutubeで世界的スターになってしまった一般人。機能よりもデザインが人の心をとらえ、生身のアーティストを掘り下げるよりも、お気に入りの曲をプレイリストに並べる音楽の楽しみ方。個々の人間の中に別の人格が存在し、それらがオンラインで出会い、増殖し、時に世の中に大きな影響を与えるほどのシンパシーを創り出す。気付けばみんながChappieじゃん。

20世紀の終わりに聞こえた架空のタレントの流星のように眩い作品群は、その一曲一曲が、次の21世紀を明らかに予見したカウントダウンだったように思う。そのひと刻みである『水中メガネ』という曲を、8年の時を経て改めて聞いて気付いたことがもうひとつある。

それは、Chappieは日本人だったんだ、ということ。(え?、みんな知ってたの?)
少なくとも、日本のどこかの田舎に暮らした経験があることは間違いない。

Chappieも歳をとるのか知らないが、ずっと生きていてほしいと願う。
「美しい日本」を、きっとChappieは知っているから。



執筆:大平太一(音楽プロデューサー/Kitty Inc, berry records CECIL)
『水中メガネ』のレコーディングでは編曲を担当。
現在2歳の息子とプラレールで大変です。
■http://www.berry-records.com/
■http://www.kitty.co.jp(工事中)


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  • 第23回大会テーマ「水中メガネ」

『空中メガネ』〜メガネはただの一部です。
執筆:batayam



ボクは視力が弱いのにまるでメガネが似合わない。

人に会うときはたいてい外していたのだが急に視力が落ちたように思い、いつもメガネと暮らすことにした。やっと自分のメガネ顔に見慣れた頃、知人に「おいーっす!」と手を振ってもまったく気がついてもらえないことが続いた。メガネを外すと「おー、ばたやん!」となるのだが、自分が誰か知らない人になってしまったような小さな寂しさ。


この楕円が2つ並んでいる物体。 うっかり踏んでしまったら足の裏に嫌な感触の反動を寄せる、このメガネという物体で脆くも隠れてしまったボクのアイデンティティ。


それでも、知り合いの子どもたちは違った眼を持っていた。 2歳も4歳でもメガネによる顔のフォルムの微妙な差異など何の違いもないかのようにドアを開けて目が合うと「ばた!」と笑顔で呼びかけてくる。数ヶ月ぶりに会ったときも、ボクが黒いメガネをかける日も、メガネなしで登場した時も、試しに赤いメガネで挑戦しても、雨の日も、風の日も「ばた!」とボクの存在を呼んでくれるのである。

安心。安心。



今日もカメラにメガネをぶつけては遠くファインダーを覗いてる。

くっきりみたいのは景色だけじゃない。

何かを考える時、思い出す時、空に向かい、斜め上空を見上げるのは何故だろう。

そして、おでこ上空に浮かぶ、その、眼には見えないメガネを透して、見えるもの、気がつくこと、探すもの、人が教えてくれるもの、あいでんてぃてぃ。



執筆:batayam(ばたやん)
詩・文・絵・写真・デザインする人。/ 生きているから想うんだ、毎日に魔法をかけていこう。「恋の3m自由形。」「先生、キミにメロメロのメロってなんですか?」真夜中の子供、ばたやんの宇宙への落書き。お寝しなにご賞味下さい。『毎日に魔法をかけていこう』
http://www.berry-records.com/


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  • 第23回大会テーマ「水中メガネ」

『ごほうび』
執筆:永井ミキジ



“今年の夏はクラス全員が500M泳げるようになる”教室の後ろの張り紙、担任の先生が一方的に決めた目標に誰も気が向かなかった。小学校5年生の夏休み、泳ぎが得意でない僕は次々に挑戦していくクラスメイトを尻目に色々な口実をたてては泳ぐことを避けてきた。

ある日、先生が自宅にまでおしかけ僕に向かって「まだ500Mに挑戦していない生徒をプールに集めたから君も来なさい!」と半ば強引に僕を自転車の荷台にくくりつけ学校のプールにつれて行った。プールサイドには下を向いたクラスメイトが数人、身を寄せ合いながら静かに体操座りで待っている。「今日はみんなに泳いでもらうぞ!」と先生は言う。僕は逃げることも出来ず、ただただ「ギャー!いやだー!」と泣き叫びながら抵抗したが大人の力には勝てない。

先生は「とにかくゆっくり泳げばいい、そうすればいつの間にか500Mだ、千里の道も一歩からだというだろう」と精神論を説き、「ゴールした暁にはプレゼントがあるぞ」と現実論でつり「とにかく足をつくな!」と根性論でまとめてきた。とにかく泳いで気がついたら千里だったのと千里がゴールだからと言われてからの一歩では2歩目の重みが違う。

水中メガネを両目にグリグリ押し込んで、25M先のターンする位置を見ながら考えた、20ターンと考えるべきか…いや10往復と考えた方が気は楽か…とにかく腕をグルグル回すことに集中して泳ぐことにした。25Mのターン…あと475M…あと19ターン、あと9往復…にもなってない…ダメだ、先が遠すぎる…。そんな絶望的な僕の気持ちもターンを繰り返す度に少しづつ心に変化が出てきた。

あれ?もしかするとゴールできるかも…いやまだ早い、せめて半分まで泳げてからにしよう…でもちょっとだけゴールしたときの事を考えたいな…。まずゴールすればプレゼントがある。あとゴールすればクラスメイトがきっと拍手で迎えてくれる。ゴールすれば女子達が我先にとタオルを差し出してくれたりして。あっそうだ…おっぱいに鳥の羽をつけてヒモみたいなパンツを履いた外人が笛をくわえて体をブンブン揺らして踊ってくれるかもしれない、あはは…。息はあいかわらず苦しかったがポワンコワンという水の音が聞こえたころからもう何も考えなくなっていた。

最後の500Mをタッチした右手首をつかみ無造作にプールサイドまで僕を持ち上げた先生は「よくやった!よくやった!ごほうびだ!」とアイスクリームを差し出した。「いっいや…先生…みっ水を…できれば水を…」体中が熱く喉も渇いて声が出せない状態で呟くようにお願いしたが「そうかそうか」と先生はアイスの袋を破って僕に手渡した後、次の生徒の元へ走り去った。

水中メガネを放り投げ、焼けたアスファルトに倒れ込み、スイカの形をしたアイスをおでこに乗せて空をみた。青い空に綺麗なたこ入道、誰かが飛び込んだ水の音、車が走る音、セミが鳴いている「ギャー!いやだー!」クラスメイトも泣いている。


執筆:永井ミキジ(グラフィックデザイナー)
今年からフリーになったので色々と作ったり書いたり売ったり買ったり拾ったりしてます。
■URL http://www.mikiji.tv


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  • 第23回大会テーマ「水中メガネ」

『水中メガネは心のメガネ』
執筆:水島己



 海水浴に行った一番古い記憶は、たしか5歳か6歳のときだと思う。父親の実家近く、福井県のどこかの海水浴場だった。住んでいた岡山から、夜中じゅうゴンゴンと古いワゴンを走らせて連れて行かれた。じりじりと猛烈に陽が照りつける8月の午後。はじめての海。

 かすかな記憶の中ではっきり覚えているのは、伯父に水中メガネを借りたことだ。競泳のゴーグルみたいのではなく、オールドスクールないわゆるホンカンさんタイプの本格的なもの。大人用だから大きすぎるのだが、立派なメガネが誇らしくて、おでこにつけたまま浜辺で一人チャプチャプやっていた。

 熱心に遊んでいると、不意に大きな波にさらわれ、パニック状態になってしまった。必死にもがいて立ち上がると、額の水中メガネが無くなっていた。それから探しても探してもみつからず、とても寂しい思いをしたのを覚えている。伯父さんは笑って許してくれたが、そのときに、自分の一部が流されたような気がした。

 何年か前から、酔っぱらうと「心のメガネ」の話をするようになった。
「心のメガネ」のコンセプトはこうだ。それは自分の未来が見えるメガネで、なかなか見つからない。メガネがみつからない人は、時として人生を見失ってしまう。そんな人はいつも地面を探しているけれど、実はいつでも自分のおでこの上にある……。

 小林信彦の書いた横山やすしの評伝を読んでの思いつきだったと思うが、やっさんの「メガネ、メガネ……」は、彼の後の人生に照らし合わせても非常に示唆的なギャグなのだった。我々はそこから何かを学べるのではないか。ゴールデン街のバーで、酔っぱらって「自分は心のメガネを無くしてしまったんだよ……」とブツブツ話してる自分は、単に仕事の愚痴をこぼすしがない社会人であるのだが。

 気がつくと、仕事で年の半分くらいを韓国で過ごすようになっていた。飛行機に乗るとき、窓から景色を見下ろしながら、妄想の海に潜ることができる。自分の心のメガネは、福井の海で流された、あの水中メガネだったのではないかと。そして、あのメガネは30年くらいかけて韓国まで流れ着いたんじゃないだろうか。そのうち、 ふとした拍子に水中メガネを見つけることができるんじゃないだろうか……ブクブクブク。

 そうやって考えている自分はやっぱり下ばっかり見ていて、おでこのメガネに気づいていないのだろう。30年前の水中メガネは、いまだに自分の額にくっついているのに。


執筆:水島己(風待茶房 編集)
エディター/ゲームデザイナー。ネットゲーム制作のため、半分くらいをソウルですごしています。心のメガネ、探し中。


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  • 第23回大会テーマ「水中メガネ」

「水中メガネ」
作詞:松本隆
作曲:草野正宗
編曲:大平太一
発売 1999.7.7


『地上にゆらりと出現した夏の影』
執筆:風待茶房編集部


Chappieとは、デザイン事務所groovisions(グルーヴィジョンズ)が手がける架空の女の子タレント。服装や髪型を様々なかたちに変えて複製を繰り返すユニークなキャラクターである。NTT DocomoやJTBなど大企業の広告に起用される一方、等身大マネキンのインスタレーションとして海外の展示会に出展したり、メジャーレーベルからレコードデビューしたりと、非常に触れ幅の大きい活動をしており、その存在は現代アートとしても高い評価を受けている。

「水中メガネ」は1999年3月にレコードデビューし、同年7月に発売されたChappie3枚目のシングル。スピッツの草野マサムネが、初めて自分以外の作詞家しかも松本隆と共作、ということでも話題となった。両A面のもう1曲は、松本隆作詞、細野晴臣作曲の「七夕の夜、君に逢いたい」。

Chappieはレコードデビューにあたり、全ての曲でサウンドプロデューサーや参加アーティストが異なるというユニークなコンセプトを持っていた。曲ごとに明らかに違って聞こえる声の主は一体誰なのかと、発売のたびにファンの間で話題となったのもChappieならではのエピソードだ。シングルCD2枚組のジャケットは、プラスチックカバーを外すとChappieが浴衣(「七夕の夜〜」)から水着(「水中メガネ」)に着替えるという特殊仕様。デザインと曲が深く交わり、CDそのものが物欲をそそるプロダクトとしてデザインされている。

Chappieの専属マネージャーであるgroovisionsは、現在にいたるまでずっと松本隆の公式ホームページ「風待茶房」のデザインを担当している。ちなみに「風待茶房」が最初にオープンしたとき、カフェで撮影されたトップページ写真には、“マスター”の松本と一緒に、“看板娘”としてChappieのマネキンが写っていた。groovisionsから作詞のオファーを受けて、松本は「昔バイトだった女の子が歌手デビューしたんだから、一肌ぬいでもいいよ」と快諾したそうだ。

草野マサムネは、曲先でChappieのために書き下ろしの曲を提供した。(松本隆の30周年トリビュートライブ「風街ミーティング」で、一度だけこの曲をセルフカバーしている。)ミディアムテンポで抑揚押さえゆったり歌うスタイルは、Chappie自身の持つポップで不条理なイメージに、新たな深みを付加している。マイナーキーで始まり余韻を残して終わるせつないサビのメロディと、記憶の水槽の中でたゆたう影のある世界観が、物悲しい夏の情景を掻き立てる。とくにメロディと不可分なまでに交わった「ゆらりゆらり」という見事なラインは、この曲を強く印象づける。また同時に、コーラスの歌い終わりの「私は男の子」「見知らぬ女の子」は、衣装を変え単体の個性を消して無限に複製していくことで性別まで越えくっきりとした“現象”として浮かび上がる、Chappie自身のコンセプトを、驚くべき精度で射抜いている。

爆発的なヒットこそしなかったが、1999年7の月、ノストラダムスの予言と引き換えに(?)地上にゆらりと出現した名作である。その後もネット上でいまだに再発見され、語られているのが何よりの証拠だろう。



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