「天国のキッス」
作詞:松本隆
作曲:細野晴臣
編曲:細野晴臣
発売 1983.4.27
『アイドルと前衛のキッス』
執筆:水島己
松田聖子13枚目のシングル、「天国のキッス」。ハワイを舞台に、中井貴一と共演した東宝映画『プルメリアの伝説』のテーマソングで、50万枚近くを売り上げるヒットを記録。チャートでは11曲目の1位を獲得した。
すでにイモ欽トリオの「ハイスクールララバイ」でミリオンを記録していた、松本隆・細野晴臣のコンビとしては、初めての松田聖子のシングル。この3人はその後も「ガラスの林檎」「ピンクのモーツァルト」などのヒット・シングルを生み出した。
松本隆は、松田聖子の歌詞に、ある意識的な変化をもたらしていた。多くのアイドルが文字通り平面的な偶像を表象していた時代。「アイドルも歳を取るべきだ」という考えのもと、歌詞の中の女の子像は、さまざまな横顔を持つ、複雑な個性を獲得していった。それは、今日の“ツンデレ”的な記号化されたキャラクター性というよりは、感情のレイヤーが折り重なり、光と陰の部分を併せ持つ、生身の人間に近い感覚だった。
たしかに、青い海や南の島を舞台としたリゾート気分を猛烈に掻き立てるモチーフは、「青い珊瑚礁」「夏の扉」など、(松本が手がける以前の)初期・聖子ちゃんイメージを踏襲しているようにも見える。しかし、ここでの女の子像は、男子の前であえて“誘惑されるポーズ”を取るようなファム・ファタールぶりを、ガンガンに発揮しているのだ! いちアイドルから、時代を象徴する存在になっていった、当時の松田聖子の存在感の曲線を裏付けるようである。
ところで、YMOの細野晴臣が手がけ、「テクノ歌謡の名曲」とも呼ばれるこの曲には、いつもあるエピソードがついて回る。1983年当時、社会現象を巻き起こしたYMOは、確信犯的に「歌謡曲」というテーマにたどり着き、作詞に松本隆を起用してシングル「君に、胸キュン。(浮気なヴァカンス)」を発表。チャート番組で1位を獲得することを狙うも、惜しくも2位に終わった。1位を阻んだのは、他でもない、松本・細野自身が手がけた「天国のキッス」だったのだ。
当時の“松田聖子”という舞台は、毎回1位を取ることが義務づけられるという、極度にプレッシャーの高い、辛い職場だったようだ。細野は近年のインタビューでも、「自分に順番が回ってくるのが嫌だった」と語っているが、それを毎回繰り返していた松本隆の心境は、想像を超えるものだっただろう。
ただ、曲そのものはそのプレッシャーを微塵も感じさせない、むしろ前衛性の高い内容になっている。絶えず転調を繰り返す、80年代のアイドルのシングルA面としては十分すぎるほど変わったコード進行だが、それをシレっとさわやかに歌いこなす松田聖子の表現力は驚くべきものがある。特に、“おしえて ここは何処?”のラインでは、歌詞とコード進行が多重に絡まり、不思議な浮遊感覚を生み出し、一瞬にして深海へトリップさせる感覚を与える。詞、曲、アレンジ、歌が絶妙のバランスを保ち、ある種不思議な社会性を持つポップミュージックとして成立した、時代を象徴する曲である。
執筆:水島己(風待茶房 編集)
エディター/ゲームデザイナー。「天国のキッス」は松田聖子さんの曲の中で、特に好きな曲です。高校生だった1990年頃、アシッドハウスと並列で聞いてもぜんぜん新鮮に聴ける!と感動し、繰り返し聴いていたのを覚えています。