「ハイスクールララバイ」
作詞:松本隆
作曲:細野晴臣
編曲:細野晴臣
発売:1981.8.5
『80年代学園ラヴソングの先駆』
執筆:葛飾ホックニー
イモ欽トリオのデビュー曲「ハイスクールララバイ」。この曲は、1981年に始まったバラエティ番組「欽ドン!良い子悪い子普通の子」(フジテレビ系)のレギュラー、ヨシオ役の山口良一、ワルオ役の西山浩司、フツオ役の長江健次の三人が、コントそのままの学生服の衣裳で、どのテレビ局のどの歌番組にも出演し、売上150万枚を越すミリオンセラーとなったもの。『ザ・ベストテン』 (TBS系)でも8週連続第1位の快挙を成し遂げている。
企画もの、コミックソングと呼ばれてしまうジャンルの楽曲は、実は自由な遊びなぶんだけ楽曲がすぐれ、詩のおもしろさに仕掛けられた、純粋なせつなさの成分が胸を打つことは多い。ミス花子「河内のオッサンの唄」(1976年)しかり、細野晴臣作編曲の川上さんと長島さん「きたかチョーさんまってたドン」(1983年)しかり、桑田佳祐作詞・作編曲のアミダばばあ&タケちゃんマン(明石家さんま+ビートたけし)「アミダばばあの唄」(1983
年)しかり。
松本隆は、この歌い手たちのコント上の設定のもつ身体の中心を貫いて、共学の高校生のピュアなラヴソングを書いた。学校一の美少女に恋をしてしまった、どこにでもいるふつうの男の子。彼女の下駄箱にそっ
と届けた「らぶれたあ」も読まずに破り捨てられてしまう、あんまりなハートブレイク。どんな気持ちなのかもわからない美少女よりも、男の子の気持ちにフォーカスした歌詞は、アイドル的人気を博したフツオくんの関西弁のセリフもちりばめられて、当時のスクールボーイ、スクールガールたちの胸を、笑顔に包みながらやはりそっと打つのだ。
ほんとうのところ、のちに「Romanticが止まらない」や「スクールガール」(ともに1985年)で松本隆と筒美京平が展開するCCBの世界の前哨戦ではないか、とも思えるこの学園ラヴソング。おそらく「ハイスクールララバイ」のメガヒットがなければ、たとえば秋元康は、「セーラー服を脱がさないで」(1985年)にはじまる一連のおニャン子クラブの"スクールガールのラヴソング"たちを、自信を持って手がけることもなかったのではないか。そんなわけで「ハイスクールララバイ」は、80年代アイドル歌謡のあるラインの先駆的作品となった。
イモ欽トリオはシングルを3曲リリース、すべて松本隆作詞、細野晴臣作曲。3曲目のラストシングル「ティーンエイジ・イーグルス」(これのみ編曲白井良明、1983年)は、フツオこと長江健次の大学受験のために交代した二代目フツオ後藤正をリードヴォーカルに迎え、セールス的にはふるわなかったが、わたしはとても好きな曲だ。ピンクレディー「サウスポー」(1978年)や木之内みどりが主演した映画『野球狂の詩』(1977年)のような女の子のピッチャーと、彼女にはとてもかなわないバッターの男の子の明るいラヴソング。この青空の下のフィンガー5「恋のアメリカンフットボール」(1974年)なみのさわやかさがすてきだ。
松本隆が、はっぴいえんど時代の盟友である細野晴臣と、解散以来、じっくりと組んだ初めてのアーティストは、意外なことに実はイモ欽トリオなのである。松田聖子の「天国のキッス」や「ガラスの林檎」(いずれも1983年)での松本=細野の幸福な共同作業は、「ティーンエイジ・イーグルス」の直後のお話。
「ハイスクールララバイ」をここにとりあげるのは、松本隆さんからのこのかわいらしい曲への愛でもあるだろう、そして、そういったメルクマールな曲だからでもあるのだろう。
執筆:葛飾ホックニー(オーガナイザー/プロデューサー)
「Picture Yourself Sound School #6 Superstar Carnival 俺たちがテレビだ!」というイヴェントを、3月5日(月)から11日(日)までの毎日日替わりプログラムで一週間興行の暴挙に出ます。昨年は、元SALLYリードヴォー
カル加藤キーチのワンマンライヴ「加藤キーチ sings SALLY」と、彼のソロデビューシングル『東京バックサイド・ブルース』 (作詞杉山洋介・作曲森若香織)をプロデュース(Picture Yourselfレーベル)。本業は、本名で映画
プロデューサー/ エッセイストをやってます。全芸術にフルタッチ・フルコミットの主義。
■http://blog.livedoor.jp/katsushika_hockney/