• 第17回大会テーマ「ローリング30」

『グルグル30』
執筆:永友聖也



キャプテンストライダムが松本隆率いる風待レコードと出会い、デビューシングル 『マウンテン・ア・ゴーゴー』を出した時、インタビューでよく『グルグル回る曲 ですね』と言われた。『山のようにみえる〜』というフレーズが、気がつくと頭の中 をグルグルと回っているらしいのだ。
『仕事中にもグルグルするので困ります』と冗談混じりに言われたりもした。
曲を作った時には全く意識していなかったのだが、『グルグル回る』というのは何 かいかにもロックンロール!という感じがして嬉しかった。
改めて分析すると確かに4分程の曲の中で同じフレーズやコード進行を何度も繰り 替えしていて、なる程これがグルグルの正体か、これがキャプテンストライダムの持 ち味かもな、と思い、いつしかそれを意識して曲を作るようになっていった。


作っても作っても、どうにも自分で納得の行く曲ができなくなったのはその半年程 後だった。自分の持ち味を生かそう、人と違った個性を出そうと必死になって詩やメ ロディを書きまくるのだが何だかどれもぼんやりとしているのだ。グルグルしていな いのだ。
いよいよ煮詰まって来た2004年の冬、松本さんから自宅に呼ばれた。
『一度僕の家に来て詩を書いてみなさい』というのだ。やった、松本さんから詩の 書き方をレッスンしてもらえるぞ。何か凄い秘密を教えてもらえるかも知れない、と 喜び勇んで松本さんの家に出かけて行った。
ハヤシライスをごちそうになり、いよいよ松本さんと向かい合って作詞教室が始ま るかと思いきや、松本さんは『この詩は結局何を言いたいのか分かりにくいところが ダメだ。もっと具体的に分りやすくしなさい』といった主旨の事だけを告げて、早々 にネットゲームなどを始めてしまった。
僕は『もっとヒントをくれてもいいのになぁ』と内心思いながらもじっくり詩を見 つめなおし、書き直しては松本さんに見てもらった。
『ここがまだ分かりにくいな』『もっとストレートな方がいいよ』『この部分は好 きだな』などとアドバイスや感想を貰いながら三日程松本さんの家に通い、『流星オー ルナイト』は完成した。
その時の自分の思いを形にできたと思った。
大切なのはグルグルさせる手法じゃ無かったのだ。グルグルの奥底にある自分の気 持ち、何を伝えたいか、それを見失っていたのだなぁ、とその時思った。


この秋、キャプテンストライダムは風待レコードを卒業した。
卒業第一弾シングル(というとアイドルみたいですが)になった『恋するフレミン グ』を作る時には、自分が何を唄って行きたいか、何を伝えたいか、それだけを考えて 楽しみながら作詞した。
『恋するフレミング』が完成して、最初の雑誌インタビューを受けた時、インタ ビュアーの人はこう言った。
『頭の中をグルグル回る曲ですね』

よく、優れたロックンロールバンドを指して『いつまでも転がり続ける』と表現す る事があるが、僕らは『いつまでもグルグル回り続けるバンド』なのかもしれない。


執筆:永友聖也(キャプテンストライダム)
キャプテンストライダムのVOCAL&GUITAR担当。
2007年2月7日New Single『LONE STAR』発売。
3月18日、渋谷公会堂にて初のホールワンマンライブ開催決定!
詳しくはオフィシャルサイトまで。
URL: http://www.captain-a-gogo.com/


コラム駅伝トップへもどる

  • 第17回大会テーマ「ローリング30」

『ローリング30・・か・・・』
執筆:渡辺満里奈




しっかりしてそうとか時々言われるが、根はなまけ者だ。
何かに夢中になると(たとえば読書だったり、編み物だったり)、仕事や食事、生活に必要と思われること一切やりたくなくなってしまう。
これはもうなまけ者を通り越して、自分は本当にダメ人間なのではないかと最近思った。
思えばこのはまり症は30代になってからだ。
子供のころ、30なんていったらもう立派な大人で、家を取り仕切る母だったり、バリバリに仕事をこなすキャリアウーマンだったり、仕事も家庭も両立する輝かしく頼もしい存在であった。
それがいざ自分がそうなってみると全然そうではなかった。


20代の頃はとにかくそこに立っていることにやっとだった。猛スピードで展開する周りの状況に目を配りながら、必死で少しずつ前に進んでいた。
よく「流れに身をまかせています」などとインタビューでは答えていたが、流されないように、様々なものを拒絶し踏みとどまっていたのかもしれない。これでいいのかなぁ、となんだかいつもちょっと苦しかった。取るに足らないくだらないプライドだけを身に着けて毎日を過ごしていたみたいだ。
だって、置いていかれるのだけは嫌だったのだ。
何から?取るに足らないものから。


もちろん、今となってはこの20代も嫌ではない。
穴があったら入りたい。いや、入ります。という思い出は数多い。しかし、そんなちょっと苦しい時間を経て、これ以上でもこれ以下でもないんだな、と思えて30代を迎えたからこそ、落ち着いていろんな出来事を考えられるようになったから。
そして、力の抜けた今が嫌かといったら、そんなこともない。もっと楽しいことがあるかもしれないと目移りばかりしていた20代の頃に比べると、今のほうが断然楽しいのだ。
少しずつ(怠けるのはほどほどに)、大切なことを見落とさず、ゆっくり転がっていくのが心地いいな、と、なまけ者の、想像していた姿とは似ても似つかない30代後半を迎えた今は、そう思っている。


執筆:渡辺満里奈
松本隆先生提供曲を歌いたかった元シンガー。現テレビタレント。デビュー20周年を記念し 珠玉のオリジナルPOPSを完全網羅した、BOX SET”MARINA WATANABE ALL IN ONE"を 12/20に発売

オフィシャルHP  http://www.marina-watanabe.com/
SMDR HP http://www.sonymusicshop.jp/


コラム駅伝トップへもどる

  • 第17回大会テーマ「ローリング30」

『森光子が2731回でんぐり返しをしている間に』
執筆:辛島いづみ



 子供の頃、私はウソツキだった。といっても、小さな事実を誇張し面白可笑しくしてしまうという他愛のないものが多い。でも、人はそれをウソツキという。ピノキオだったら鼻が伸びてクジラに飲み込まれても仕方がないところだ。

 ついたウソその1。幼稚園年長組のときのこと。私は親友に「ぜったいに他のコに言っちゃダメ」と前置きをしてとっておきのヒミツを告げた。「実は私、男の子なの」。ウソである。しかし、これには理由があった。それは、父から常々言われていたからだった。「いづみは大きくなったら男の子になる。そのうちちんこも生えてくるぞー」。ウソツキは父である。

ついたウソその2。小学1年生のときのこと。ある夏の日、アスファルトの上に干からびた瀕死の小さなトカゲを見つけた。友達と私はそれを面白がり、水たまりに浸したしてみたり、シッポを切ってみたり、いろいろといじくってみた。そのうち、トカゲは息絶えてしまった。後日、私はそのときのことを作文に書いた。題名は「アオダイショウ」。下校途中に瀕死のアオダイショウを発見し、水をやって元気づけ、森に帰す、という感動秘話だ。ウソである。しかしそれは、校長先生に褒められ、県のコンクールに提出され、市長からメダルを授かるまでに発展してしまった。

 ついたウソその3。小学4年生のときのこと。放課後の校庭で同級生たちと鉄棒遊びをしていたとき、鉄棒の大技「大車輪」が話題にのぼった。私は言った。「大車輪ならできるもん」。ウソである。そのとき、「大車輪」がどういう技なのか誰も知らなかったし、私ももちろん知らなかった。そこで私は披露した。鉄棒の上に足を乗せてしゃがみこみ、後ろに回転、体が大きく反ったところで手を離し鉄棒の前方に飛んでみせたのだ。これは、「グライダー」という技だった。私は転校生で(父の仕事の都合で小学校6年間のうち5回も転校している)、前の学校で流行していた遊びだった。「へぇ?」。同級生一同、みんな感心をした。それから、「大車輪」がクラスで大流行したのだった。

 今私は40代も目前の30代後半。森光子のでんぐり返しの2000回転分ぐらいは生きている計算だ(どんな計算だ?)。いい年もいい年である。が、実のところ、私のウソツキはいまだに治っていない。「あの、原稿書いていたんですけど、突然猫がキーボードの上に乗っちゃってマックがフリーズしてしまってですね……」「ゴホッ、突然熱が出てしまって原稿が……」「〆切は来週だと聞いていたような……」。ダメだ。子供の頃に比べるとウソに夢がなくなっている。


執筆:辛島いづみ
編集者/ライター。今年2月に出版された、せきしろ著『去年ルノアールで』(マガジンハウス)を編集しました。あきれるほど面白い本なのでぜひご一読を。


コラム駅伝トップへもどる

  • 第17回大会テーマ「ローリング30」

『波にのる』
執筆:笹原清明



去年30になった。
友人に誘われてサーフィンを始めてみた。

休日にサーフィンなんて優雅でいいなーと
お気楽に考えてたから、
わくわく気分で道具を買いそろえた。
でも僕は甘かった。
こりゃなんて大変なスポーツなんだ。

岸から見ていると、皆するすると沖に出て
波に乗っているように見えるけれど、
まず沖に出るのがひと苦労なのだ。
パドリングと言って、
ボードに腹ばいになって両腕で水を掻いていくのだけど、
腕力がないうえにやり方も教わらずに海に入ったものだから全く前に進まない。
なんとか少し前進したと思ったら目の前で波が崩れて
ボードもろとも波に揉まれてしまう。
そんな時、ホントは力を抜いて浮き上がるのを待てばいいのだけど、
とにかくパニック状態だから
全身力入れまくりで必死になってもがいてるのだ。
やっとの思いで海面に出てボードにしがみついた時は、
力尽き、大量に飲んだ塩水のせいでのどがからからになってる。
なのに波は容赦なく次々とやってくる。

とにかくこんなの嫌すぎる。
そう思ってひとり浜にあがり、
波の上を優雅に滑るサーファー達を
異世界の人間でも見るようにぼんやりと眺めていたものだ。

初めてのサーフィン体験は散々なものだったが
いまでもなんとか続けている。
波が大きいと沖に出れない時もあるけれど、
波に乗れた時はやっぱり気持ちがいい。

30になって心機一転始めたことだけど、
40になっても50になってもゆるりと続けらればいいなと
今では思っている。


執筆:笹原清明(フォトグラファー)
埼玉県出身。 東京造形大学卒。 雑誌、CDジャケットなどで活動中。


コラム駅伝トップへもどる

  • 第17回大会テーマ「ローリング30」

『秒速約30万キロメートルの瞬間』
執筆:batayam



 写真を撮るとき、ふと、考えることがある。


 地球が太陽の周りを公転する速度は、秒速約30万キロメートル(平均軌道速度 29.7859km/s )。そして、宇宙の真空中における光の速度もまた、秒速約30万キロメートル(299,792,458m/s)、いわゆる「1秒間に地球を7回半回る速さ」だということ。

 アンリ・カルティエ=ブレッソンがパリを写した写真集『A Propos De Paris』を膝に乗せ屋根裏部屋でストーブの風を浴びながら波模様の湯気を描く紅茶と一緒にページをくくる時、朝陽に溶けてゆく氷柱からたちのぼる水蒸気のように髪の先からキラキラと眩暈がするのは体感していないはずの回転する地球の足音や(地球の自転速度は種子島宇宙センター付近で秒速約400メートルだという。は、はやい…。) 、鼓動より速いはずの光の軌跡を何十年も後に生きているボクたちに切りとってみせてくれているその写真家の指先がつかまえた光の姿が「秒速約30万キロメートルの瞬間」であることを心が感受しているからなのかもしれない。

 街角の空き缶、ベランダに咲く母の花、梢にからまる青い風船、川面をゆく雲の白さ、屋根裏部屋に舞う埃、そしてみえないけど確かに存在し、自分の視線がつかまって「あぁ、 恋のブランコでいつまでも揺れていたいなぁ。」と想うほど愛しい毎日の情景は、幼い頃、家族で一度だけ行ったことがある遊園地のコーヒーカップに兄弟3人だけで乗ったとき、兄ふたりが気が狂ったようなスピードでカップを回し、目をつぶっても酔うほどのスピードに気を失いかけていたボクがみた、柵の外で叫びそうな心配顔でみつめる驚いた母の表情と同じくらい愛しい。


 瞬間は点じゃなくて線になってぐるぐるまわるんだ。光みたいに。


 コーヒーカップの話を母にすると「あなたの顔は蝋人形のように真っ白で柵の外で蒼くなったわよ。」と笑う母の笑顔もまた「秒速約30万キロメートルの瞬間」。眩しくて愛しい瞬間。


執筆:batayam(ばたやん)
詩・文・絵・写真・デザインする人。/ 生きているから想うんだ、毎日に魔法をかけていこう。「キミの視線でボクのハートは貫通さ。 」「雨の日でも朝はやってくるんだもん。」真夜中の子供、ばたやんの宇宙への落書き。お寝しなにご賞味下さい。『毎日に魔法をかけていこう』 http://www.berry-records.com/


コラム駅伝トップへもどる

  • 第17回大会テーマ「ローリング30」

『赤の30、またはテーブル越しのストーリー』
執筆:水島己



 30になってからはじめたことがいくつかある。

 会社をやめて自由業になった。お酒を飲みだした。年の半分くらい仕事でソウルに住むようになった。ソウルに来てしまえば当然初物盛りだくさんなわけだが、たまにカジノに行くようになった。それまで賭け事のおもしろさが全く分からなかったくせに。

 20代のころは、ギャンブルでお金を1万円稼ぐより、仕事で1千円稼ぐほうが全然たのしいじゃん、と身も蓋もなく思っていた。いや、たしかにそうなんだが、別にお金をもらうことが目的なわけではなく、賭けるまでの過程を妄想する遊びなんだということに気付いたのだ。これも30代の余裕がなせる業なのか(おおげさだ)。

 ソウルのカジノは、ラスベガスほど豪華ではない。人に説明するときは「事務室」と形容しているのだが、だだっ広い空間に、カードゲームやルーレットのテーブル、スロットマシンなどが並べてある。テーブルに着いて現金をチップに交換すると、ディーラーは、札をゲーム台に開いた10cmほどのスリットの中に滑り込ませる。覗いてみると石油が出てくるのではないかと思わせるほど、暗く深い闇だ。つるつると際限なく札を飲み込んでいく。妄想がスタートする瞬間だ。

 カジノに来ている人たちは、お金を賭けるとき、なんらかのルールや理論ーー「ストーリー」と言ってもよい、を展開しているようだ。ルーレットでいうと「赤が5連続で来たから、次は黒に違いない」という式の独自理論だ。電子掲示板に映った出目のログを見て「20回前には“30”、10回前には“3”が来たから、今回も“30”に違いない」、とかなんとか。

 ブラックジャックのように確率論的に定石がガッチリ決まっているのを除けば、この手の理論は全く根拠がない。ただ何のゲームでもただ漫然と賭けるのは辛いので、こうした妄言を半分冗談、半分本気で話しながら、限りなくばかばかしく遊ぶのが楽しいように思う。

 以前カードゲームをやっていて、隣に座っていた人に「あなた、金星人ですよね? 私は水星人で、今日は木曜だから、場所を替わってください」と真顔で言われたことがある。残念ながら僕はこういう妄想を真っ直ぐ信じている人の言葉を断るのが苦手だ。そのときは結局2人とも惨敗だった。

 カジノでよく合うアメリカ人の知人がいる。以前はブラックジャックの台で一緒になることが多かったが、勝ったところを見たことはなかった。先日、久しぶりに会うと、スロットマシンに転向したという。「スロットマシンは女性と同じデスよ」、彼の理論はシンプルだ。「飴と鞭をつかい分けるんデス」と、唐突に札束でぴしゃぴしゃとスロットマシンを叩きだした。彼はこの独自のメソッドを導入してから、半年間に3回ジャックポットを引き当てた。いい仕事をするとスロットマシンを札で撫でてやるのだという。

 話し終わってふと隣を見ると、50歳くらいのおばさんが、札でスロットマシンをぴしゃぴしゃやりだした。


執筆:水島己(風待茶房 編集)
エディター/ゲームデザイナー。ここ2年ほど、ネットゲーム制作のため、ソウルによく出張してます。オフィスからカジノまで車で5分、これが困りものです。


コラム駅伝トップへもどる