『吉田さんの小さな手紙』
執筆:batayam

ドラえもんほど便利ではないが、ボクもひとつだけポケットを持ってる。
当時のことを例えるなら透明度の高い海。水深約1.5m。なんとなく息苦しく塩分の高い空気が肌に沁みる。それでも窓の隙間から届く太陽の手はまろやかく、揺れる海草は風を描き、行き交う魚の鱗は宝石のように眩ゆみながら、ゆっくりだけど確実に未来のほうへ世界はまわっていた。そんな中学生時代。一通の小さな手紙をもらった。
吉田さんという女の子からこっそり手渡された手紙の冒頭は「これは強くなるおまじないだよ」。なんとやさしい魔法みたいな言葉だろう。
透明というゴーグルと沈黙というスイムスーツで海を泳いでいたボクの姿が彼女には甲羅を忘れた亀のように不安げな生き物にみえたのかもしれない。糖分の高い水が胸の砂浜に満ちてくるその手紙の二行目には「我は虎」と綴られていた。
人目をはばかるようにボクに手紙を渡すと何処かに行ってしまった彼女に御礼も言えないまま制服の胸ポケットに折れないように大切にしまった手のひらほどの小さな手紙。「我は虎」。ポケットの中にお守りが生まれた。
旅の何処かで手紙の現物そのものは失くしてしまった。おまじないの三行目以降はなんと書いてあったろうか。この先続く旅の空でおまじないの続きの言葉を自分で探しださないと吉田さんに怒られてしまう。それより今のボクはあの頃より少しは強くなれているだろうか。
心がのび太くんになりそうな時ドラえもんの道具のようにポケットから空に透かしてみる吉田さんの小さな手紙。吉田さんに今なら大きな声で言える、ありがとう。感謝してます。ボクはこうして今も元気に人生の波風を楽しむことを覚えながら泳いでいます。
海は美しいです。2006.10.晴天
執筆:batayam(ばたやん)
詩・文・絵・写真・デザインする人。/ 生きているから想うんだ、毎日に魔法をかけていこう。「ぶたやん、川は時速何キロで流れているのだろうね。 」「先生、心に鳥を飼い始めたのです。」真夜中の子供、ばたやんの宇宙への落書き。お寝しなにご賞味下さい。
『毎日に魔法をかけていこう』 http://www.berry-records.com/