• 第14回大会テーマ「赤道小町・ドキッ」

『なんやねん、赤道小町』
執筆:川村ケンスケ




午後は、プールかボウリング。
それか、ベース(ウッドもエレキも)の個人練習。
本は、「夏への扉」。

高校二年生の無意味に熱い夏休みの日々は、そんな要素でできていた(気がする)。
(あ、あと、こっそり買ったビールか)

女の子は、その要素にはあまり入ってなかった。
でも、一方では自意識過剰ではち切れそうな気分を、自転車をぶっ飛ばす事でようやく落ち着けていた、というか。

倍音を削り取ってミッドレンジ勝負な、もとからラジオっぽい音像の曲が僕の耳に飛び込んできたのは、その頃だった(気がする)。

「赤道小町ドキッ」。

なんやねん、赤道小町って。

と思いながら、サビからあの「ドキッ、ドキッ」っていうフレーズのあたりが耳から離れなくなって、
プールでも「ドキッ」を連呼し、ボウリング場でも「?赤道こま、ち!」の「ま」の所の音程にこだわって歌い続け、

ベースは、弦からシンセへと移行(ローランドのSH-09を持っていたのです)、

「夏への扉」は一時休止(一応夏休み中には読了)。

とかいろいろ言っても、いたいけな高校生だったので、実は山下久美子さんのあの「声」にやられていたのでした(という気がする)。

だって、今聞いても、「こま、ち!」のところを延々リピートですもん。

で、今その部分を聞きながら、ビール飲んでます。なんでこんな熱い感じがするのかな、この曲とサウンド。

あのころの「自意識」とやらが、むずむずと蘇ってきて、ちょっと恥ずかしいなあ、なんか。

ってかんじです

執筆:川村ケンスケ
映像ディレクター。CFとPVを作ってます。近作は、マツダ (車)のCF、スパルタローカルズ/音速ライン/浅井健一/ TRF、なんかのPV


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  • 第14回大会テーマ「赤道小町・ドキッ」

『深爪でドキッ!』
執筆:ハヤシヒロユキ(POLYSICS)




「赤道小町ドキッ!」。
その昔、SHOW-YAと共にガールズバンドのパイオニアだったプリンセス・プリンセスの昔の名前は「赤坂小町」。代表曲は「ダイアモンド」や「ジュリアン」。ボーカル&ギターの奥居香は、今は岸谷五朗の奥さん。現在は岸谷香として活躍中。ってここはプリプリのWikipediaでは無い。「赤道小町ドキッ!」というタイトルからつい連想。

僕のパソコンは、「ドキッ!」という文字を打ち込むと、必ず最初に「土器っ!」という文字が出る。何度打ち込んでも、絶対最初は「土器っ!」と出る。なかなか学習してくれない。
そんな僕もなかなか学習しない。パソコンも飼い主に似る。僕は今年で28才になるのだが、さすがに28年間培われたモノの考え方やクセなんかは、人から「みっとも無いからやめなよー」と言われて直そうとしても、なかなか直す事が出来ない。

僕は未だによく爪を噛む。このクセはちっちゃなガキンチョだった頃から、未だにずーっと続いている。戦隊モノで言うと「電子戦隊デンジマン」の時代から、現在放送されている「轟轟戦隊ボウケンジャー」まで爪を噛むクセが続いていることになる。

ここ何年かは少し控えめにはなったが、ツアー中、機材車で移動中にボ〜ッとしてると、気づいたら爪を噛んでたりする。トラックダウンの時にも手持ち無沙汰で、ついつい爪を噛んでしまって、深爪になってしまう。おまけにちょっと痛かったりもする。
正確に言うと「爪を口で奇麗に切る」なんだけど、まぁ別にいっか。

「爪を噛む人は寂しがりや」なんて巷ではよく言われているが、僕の場合はどうだろう?
親が共働きでクリーニング屋をやっていたので、ちっちゃい頃は、家で姉とゴジラのソフビで遊んだり、1人の時は、家でイカデビルやムササビモンガー等、怪獣、怪人なんかの絵を、「春物30%オフですよ!!」的なクリーニングハヤシのチラシの裏に描いては、家の壁に貼ったりして遊んでた。そして、毎晩9時過ぎに帰ってくる両親がその絵を見ては、「よく描いたねー」と褒めてくれたりしたもんだった。それはとっても楽しかったし、寂しいと感じた事は無かった。
もし、母が常に家にいるような家庭だったなら、ふと爪を噛んだ時に、「コラッ!爪噛んじゃだめでしょー!」って怒られて、それで爪を噛むのは、クセにならずに終わっていたのかもしれない。

ただ、このクセのおかげで良かった事もある。

僕が小学校5年生の時に、酔っ払った父が、「ホラ、ヒロ!お土産だー!」と言って、ボロボロのクラシックギターを拾って来た。「なんだー?」と思ったし、それまでギターなんか触った事も無いのだが、滅多に無い「父のプレゼント」というのが異様に嬉しく、「ありがとう」と言って、そのクラシックギターをもらった。
そのクラシックギターのメーカーは「鈴木バイオリン」。もうすでにギターは製作していないメーカー。おまけにそのギターは壊れていて、ペグも3つしか無いし、上のフレットに行くと、弦高が1センチくらいはある。ボディも湿気で膨らんでいて、ホントにボロい。
それをボロンボロンとコードもよく解らないまま、たまの「さよなら人類」の歌メロをコピーしたり、「瀬戸の花嫁」の歌メロなんかをコピーして遊んだりしていた。
ハヤシ家は今時珍しく「エレキは不良だ」と思っている家だったので、姉が文化祭バンドの為にエレキギターを家で弾いて練習していると(はっ!今思えばプリプリをコピーしていた!タイムリー!!)、それを横目で見ながら母は、「あんなお姉ちゃんみたいなのはダメ!ヒロはこっちを弾いてなさい」と言っていた。「なるほど」と思い、そのオンボロのクラシックギターを修理に出し、そのクラシックギターで「ユニコーン」や「筋肉少女帯」等のロックをコピーして、母を表向きだけ安心させていた。

その後、姉の文化祭が終わると、家にはホコリをかぶったエレキが放置されていた。
姉がいない時にポロンと弾いてみると、メッチャクチャ弾きやすい!!そこからエレキに持ち替えてコードを弾いてみると、なんて楽チンなんだ!!
オンボロのクラシックギターのナイロン弦のおかげで、指先の皮が厚く、固くなり、爪を噛んでたおかげで爪が短く、フレットに爪が当たることが無かった為、すんなり『ギターが弾きやすい指』になっていたのである。だから真剣にギターを始めようとした時にはスムーズに入っていけた。「F」で挫折した事も無い。
その昔、寺内タケシさんがコラムで「ギタリストはとにかく爪を剥ぐんじゃ!邪魔な爪を剥いで、その指を洗面器いっぱいの塩の山に突っ込むのじゃ!!そうやって指を鍛えろ!!そしてその指先をカチンカチンにしてまた特訓するのじゃ!!」というのを読んだ事がある。

あ〜コワ。
爪噛んでて良かった事もあったりもする。
でも、みっともないので早く直したいと、思ったりもする。

執筆:ハヤシヒロユキ(POLYSICS)
近況とプロフィール:POLYSICSリーダー。Vo,G,Programing担当。DEVOを敬愛。世界を舞台に活動中。8/23には、LIVE DVD「Now is the live!」をリリース。
URL:http://www.polysics.com


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『クーラーなんかいらない!』
執筆:永友聖也(キャプテンストライダム)




今年もいよいよ本格的に暑くなって来て、寝苦しい夜が続いていますがみなさんいかがお過ごしでしょうか。 夏の夜は大変ですよね。冬は場合は重ね着する、毛布を何枚も重ねる、などのやり方で暖かく眠る事が可能だけど夏は素っ裸でも暑い時は暑いですからね。

僕はクーラーが苦手なので、夏の夜を快適に過ごすために昔から色々な工夫をして来た。 子供の頃は、夏になるとよく陶の枕を使っていた。これはひんやりと心地よく、頭の下を風が通るのでかなり涼しい。よだれが出ても枕に染みないのもポイントが高い。 おばあちゃんの家に泊まった時などは蚊屋を吊って陶の枕で眠ると本当によく眠れたものだ。

もう少し大きくなってからは、夏になると自分の部屋では無く衣装ダンスや鏡台が置いてある小さな畳の部屋で寝ていた。この部屋は隣の家の田んぼに面していた。 眠る時に網戸にしておくと、田んぼを通って来る風が水面で冷やされてひんやりと心地よく、正に天然のクーラーと言った風情だった。更に子守唄の様にカエルの合唱も聞こえて来たりして、かなり気温の高い夜であっても快適に眠る事ができた。

サラリーマン時代に住んでいた部屋はアパートの三階にあったのだが全く風が通らず、非常に寝苦しかった。眠りながらも無意識に少しでも寝やすい場所を探して夜中モゾモゾと動き回っていたらしく、ベッドで寝ていたはずが目覚めると台所の床に転がっていたりする事がよくあった。

今年は東京で暮らし始めて三回目に夏になるが、東京の夏はどうにもこうにも寝苦しくて全く慣れる事ができない。 それでも何とかクーラー無しで乗り切ろうといくつか工夫を試みた。まず、布団の上に敷く、竹でできたマットを買って来て使ってみた。感じとしては巨大な麻雀パイを並べて、その上に寝ている様なものだ。 これはひんやりとしてまあまあ悪くは無かったのだが、使っているうちにところどころ竹がささくれて来てパンツ一丁なんかで寝ていると時々太ももにささくれが刺さったりして危険なので使うのを止めてしまった。 今現在は窓を開けて換気扇を回し、半ば強引に風を起こして騙し騙し眠る、という方法を取っている。 この方法は意外と効果的でまず寝付けない、と言う事は無いのだがやはり眠っている 最中にはモゾモゾと蠢いてしまうらしく目覚めるととんでもない体勢になっている事がある。 先日などは夜中に無意識に網戸を開け放って、更にはそこから窓の外に足を放り出して寝ていた。 外から見ると部屋の中からニョッキリと足が突き出ている状態で、あまりみっともいいものでは無い。というかあれはさすがにまずいよなあ。

そんなこんなで、夏の夜を快適に過ごすコレ!といった決め手をまだ見つけられずにいるが、それでも僕は夏の暑さが嫌いでは無い。こうやって夏と格闘しながら眠るのが好きなのだ。 海にも山にも行けない夏に、夏を満喫するひとつの方法なのだ。

執筆:永友聖也(キャプテンストライダム)
キャプテンストライダムのVOCAL&GUITAR担当。
9/23(土・祝)、10/22(日)、11/18(土) ebisu LIQUIDROOM・マンスリーライブ開催!!
2006秋ライブツアー決定!! 【8/7(月)〜8/10(木)チケット先行予約受付】
詳しくはオフィシャルサイトまで。
URL: http://www.captain-a-gogo.com/


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『アマゾンの赤道小町』
執筆:小林優子(Kitchen5 オーナーシェフ)




 15年位前だったか、まさに赤道直下、アマゾン川の船の中で2泊したことがある。
 海外旅行の添乗員をやっている友人が企画した、「南米食べ歩きの旅」に知り合いばかり10数名で行ったのだった。ほとんどが、教師を定年退職した女性だった。たった一人、私たちの知らない人で、男性が参加していた。添乗員の知人のWさんだった。
 ブラジルのアマゾン川は、乾季だったため、雨季には見られない滝が出来ていた。と言うか、川の水が引いて、滝が現れていたのだ。
 私たちは、船の中に浴室が無かったので、滝の下に潜っていって、身体を洗い、滝のシャワーを使って髪を洗った。ついでに、泳いで遊んだ。
「向こうで、誰か釣りしてるねー!何を釣ってるの?」
「えっ?!ピラニアだよ」
「ギョエー!」船の中に駆け込んだ。
その後、ピラニアを釣ることにした。餌は、なんと、牛肉。
船の中から釣り糸を垂れてると、結構釣れる。数匹釣れたところで満足した私は、キッチンに入った。船の中のスタッフには、料理人もいるのだ。
 数人のコックさんと一緒にピラニアを捌いた。大きさは、小鯛くらいだ。普通の魚の捌き方と違うのは、生きたまま捌くのだが、咬まれないよう顔を抑えて鱗を取る。刺身でもいいのだが、小さいので唐揚げにした。
 夜は、鰐を捕まえに出かけた。
 川の際あたりに懐中電灯を当てると、目が赤く光る。その位置を確かめて、後ろに廻って首を押さえ、口を縛って捕まえた。捕まえたのは私じゃなく、ガイドのアマゾンの名人だ。
 翌朝も、キッチンでコックさんたちと一緒に料理していると、ボーイさんが私の口に何か入れた。2センチ角のカジキ鮪みたいな、チキンのような揚げ物だ。
「ケ イエスト(コレ何)?」と訊いてみた。返事は返ってきても、意味がわからない。ガイドに尋ねると、なんと、昨夜の鰐だった。鰐って結構いける。好物が増えたかも。
 Wさんは、旅の間、ラテン系の美人を目ざとく見つけては、写真ばかり撮っていた。特に美しい人には、強引に手を肩に回して写真を撮っていた。元教師の女性達からは「まぁー!日本人の恥よっ」と、顰蹙をかっていた。しかし、船の中では、ラテン美人との出会いもなく、スッゴクおとなしくしている。
「Wさん、カメラ、貸して?!」
「いいよー!どうぞ!」と、結構人が良い。
 Wさんは、ポラロイドカメラやプロ用のカメラとか3台も持参していたのだ。フィルムを盗まれた時は、「ざまーみろ!」と言われていたっけ。
 まず、ポラロイドで、船のスタッフ達を一人づつ撮っては、一枚づつあげた。
「はい、貴方にも。はい、貴方にも」と。船のスタッフ達が、撮ってほしそうにしていたのに気が付いていたから、「はい、貴方にも、チーズ!」。
 次に、プロ用のカメラで、元教師の60代から70代の女性を中心に、どアップで一人づつ撮った。結構ノリの良い元教師たちは、ピースサインをしてポーズをとってくれた。
 元○○小町と言われたかもしれない美人達だ。コレも、Wさんの赤道小町コレクションに加えることにしたのだった。

執筆:小林優子(Kitchen5 オーナーシェフ)
8月1ヶ月間夏休み。その間、10年ぶりのトルコに食材と料理の仕入れに行ってきます。
URL: http://www.kitchen5.jp


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『恋の岸辺』
執筆:batayam




赤道を越えたことがない。

いつも恋の岸辺から恋をしている。


小学生の時、TVの国の人から「いつも恋をしていなくちゃダメだよ。」と聞いた。恋? 恋とはなになに? うーむ、よくわからないが、していなくちゃいけないものならば、「よし、いつも恋をしていよう。」と心に留めた。以来、心に赤道がある。

恋は心の太陽になる。恋の向こう岸で走る横顔、笑う仕種、深い瞳。みているだけで心の四季は眩暈がするほど美しい。

川は速度を変えながら、木の葉を運ぶ。昔、とある近畿地区で「miki House(ミキハウス)」が大流行したことがあった。その駅に降り立つと、大人も子供も赤いトレーナーに白抜きの文字で「miki House」! それは広場で突然踊りだすフランス映画のような衝撃だった。町中が赤いトレーナーの波、波、波、赤い親子、赤い恋人たち。そして赤い「miki House」は教えてくれた。当時憧れていた少し不良っぽい先輩が、ある日「miki House人」になったのだ。正直、かっこよかった。他のどの「miki House人」よりもかっこいいと思った。同じ格好をしていても恋する人は遠くからでも光るのだ。それは瞳に恋の双眼鏡を持っているから。

流れる水に今日も木の葉を浮かべては、恋の岸辺から写真を撮ったり、詩を描いたり。それだけで心の四季は眩暈がするほど美しい。

公開中なので詳しくは言えないが、映画『初恋』で小出恵介さん演じる岸という人物の詩的な恋に共感し映画館でひとり水浴びをした。屋根裏部屋で虹がみえた。


赤道を越えたことはない。

いつも恋の岸辺から恋をしていたいから。

執筆:batayam(ばたやん)
詩・文・絵・写真・デザインする人。/ 生きているから想うんだ、毎日に魔法をかけていこう。「Belle & Sebastian & Batayam 」「心にひっかかる質感を失うことなかれ。 」真夜中の子供、ばたやんの宇宙への落書き。お寝しなにご賞味下さい。
『毎日に魔法をかけていこう』 http://www.berry-records.com/


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『釜山のビーチにて』
執筆:水島己



 ソウルに住んでいると、夏とか海を感じることが少ない。ソウルにはビーチがほとんど無いし、東京よりプールが全然少ないので(ソウルでは学校で水泳の授業がないので泳げない人が多いらしい)、わりと無機質なイメージだ。もちろん東京ほどには暑くはないが。

 強いて言えば、「ビキニ・バー」というバーが会社の近くにあって、そこは単にバーテンの女の子がビキニなだけなのだが、そこにたまにチームメンバーとしたたか飲んだ後、酔った勢いで行くときくらいだ。僕がいつも話す女の子は実家が釜山にあり、よく地元の話をしてくれる。ここ2年ほど僕は6割くらいの時間をソウルですごしていて、韓国のことをだいぶ知ってきた気になっていた。でも良く考えるとソウルからはほとんど一歩も出たことがないし、休日は、クラブ、チゲ鍋、カジノ、サウナ、といった密室系3文字娯楽ばかり嗜んでいるので、彼女が語る釜山の様子はすごく新鮮な韓国の姿を映してくれる。

 ビーチがたくさんあって夏は観光客でとにかくごったがえすが、それでもソウルより空気がきれいで物価が安く、のんびりしていること。夏の日は白い国産車で、実家から30分くらいにあるビーチに行って、バナナボートで遊んでいたこと。彼女の白くてすらりと細長い二の腕をぼんやり見ながら、頭の中は釜山のビーチへとトリップしていく。1年くらい前に見た、釜山のビーチで開かれた10万人規模のゲーム大会の写真が頭に浮かんだ。視界に延々と広がるビーチに数えきれないほどの人たちが、思い思いの格好でゴロゴロしている。

 釜山出身の女の子がソウルの地下のバーで釜山のビーチについてビキニ姿で熱く語る、といういくぶん倒錯したシチュエーションに、7分目まで韓国産のスコッチにブクブクと浸った僕の脳みそは揺らいでいた。「晴れた日には水平線の向こうに日本が見えるのよ」と言われたとき、ぼんやりとした意識の中で、今自分は彼女の目を通して日本を見ているんだな、と感じた。

 ボトルが3本空いて、一緒に居たの韓国のスタッフたちもさすがに眠そうな様子だったので店を出る事になったが、僕はまだ気持ちよく釜山の海をプカプカただよっていた。ところが、店を出る前にやや困惑した表情で口を開いた彼女の一言が、一気に現実を呼び寄せた。「実は明日店を辞めて釜山に帰るの。」その日、妙に釜山について熱く語っていたのはそういうことか。そして自分の脳みそをぼんやり満たしていた琥珀色の潮がさっと引いた。何故か今年の夏が早くも終わってしまった気がした。

 外に出るとまだ梅雨の雨が深く降っていた。

執筆:水島己(風待茶房 編集)
エディター/ゲームデザイナー。ネットゲーム制作のため、韓国によく出張してます。写真は釜山、ではなくて、実家の瀬戸内の海であります。


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