• カフェのお客さま リニューアル四人目

インタビュー:川勝正幸、構成:水島己、撮影:OTEFUKI


 山下敦弘さん



「ブルーハーツに嫉妬した」。魔☆にそう言わしめたのは、現在劇場公開中の映画 『リンダ リンダ リンダ』(2005年)であります。学園祭直前に結成した女子4人バンドが、ブルーハーツを猛練習する3日間を、ユーモア交え極めて瑞々しく美しい距離感で描いた傑作! 試写を観た魔☆が、その直後に風待茶房の「マツモトメモ」で、この映画を絶賛したのは記憶に新しいところです。監督は『ばかのハコ船』(2002年)『リアリズムの宿』(2003年)など、オフビートなユーモアを放つ個性的な作品で知られる日本映画の若き駿才、山下敦弘さん。はっぴいえんどと山下作品との意外な接点や、世界最先端(?)のペ・ドゥナ論、果ては日本語歌唱の可能性まで、限りなく広がる2人のトークをお楽しみ下さい!


「ブルーハーツに嫉妬した」発言の真相
ぺ・ドゥナの放つ存在感
見るものを引き込む山下作品の「間」
ペ・ドゥナから学ぶ日本語歌唱の可能性
『リアリズムの宿』的なはっぴいえんどの東北旅行

「ブルーハーツに嫉妬した」発言の真相



松本

パーランマウム(※1)のCDをずっとカーステレオで聴いてるんだよね。自分の書いた歌ってあんまり聴くことないんだけどね。

山下

僕も家で聴いてます。

松本

甲本ヒロト君、才能あるよね。

−−松本さんはブルーハーツをちゃんと聴いたのは、確か今回が初めてなんですよね?(笑)

松本

初めてだね。全然知らなかった。

山下

そうなんですか。

松本

だから、「嫉妬した」なんていうのは生まれて初めてだね。まあでも……ブルーハーツの音楽にじゃなくて(笑)、映画の中の女の子達の心情に嫉妬したんだけど。

山下

ははは。僕にとっては、若い頃に普通に流れていた歌だったんで、改めて向き合うのは大変でしたけどね。

−−監督は1976年生まれでいらっしゃるから、ブルーハーツはリアルタイムではなく、ちょっと上の世代の歌という実感になりますか?

山下

そうですね。僕が小学校の時にデビューしてます。テレビに出ていたのは覚えているんですけど。

松本

1976年なんて、僕、すでに作詞家になってたよね(笑)。

−−そうですよね。はっぴいえんどもすでに解散していたし。

松本

はっぴいえんどは、すでにはるか昔って感じだよ。若い時の4年って、すごい時間の流れが遠いからね。

−−『リンダ リンダ リンダ』のテーマとなったブルーハーツの曲は、山下さんのこれまでの映画からすると、まずかからないタイプの音楽だと思ったんですが。

山下

まずそこがすごく悩んでしまったところですね。お話をもらったのが『リアリズムの宿』の後だったんで、(原作の)つげ(義春)さんの後、ブルーハーツっていうのに慣れなくて(笑)。

−−松本さんは、ペ・ドゥナさんが出ているからご覧になったわけですよね。

松本

それもあるね。僕は是枝(裕和)君と親しいんだけど、彼はあんまり他人のことを誉めない人なのね。それで「日本で才能ある人いる?」って聞いたら、山下監督の名前が出てきて。「わ、誉めてる!」ってびっくりしたの(笑)(編集部注:松本隆対談集『KAZEAMCHI CAFE』所収の是枝監督との対談参照)。その後、ペ・ドゥナが日本映画に出るってニュースを知って、僕はとっても心配しまして……(笑)。日本語も喋れないはずなのに、どういうことになるんだろうと思って。それで映画が出来たときに、急に試写に呼ばれたんだよね。

山下

当日でしたよね。

松本

仕事場から近かったから飛んで行って、見終わった後に初めて会ったんだよね。

山下

松本さんがいらっしゃるということで向井(康介。『リンダ リンダ リンダ』の脚本家)と待ってたんです。

松本

僕、映画を見終わった時、結構ウルウルしちゃってて(笑)。やばい時に会っちゃったんだよね。で、思わず「ブルーハーツに嫉妬した」って言ってしまった。

(※1)パーランマウム
パーランマウム(=韓国語で「青い心」)は、『リンダ リンダ リンダ』の劇中に登場するバンド。メンバーは、Vo.ペ・ドゥナ、G.香椎由宇、B.関根史織、D.前田亜季の4人組。劇中に演奏されたブルーハーツの3曲に、新たに魔☆が書き下ろしたした3曲を加えたアルバム『we are PARANMAUM』が発売中。

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ぺ・ドゥナの放つ存在感



−−以前、ペ・ドゥナさんに取材させていただいた時に、「山下監督がポン・ジュノ監督の『ほえる犬は噛まない』(2000年)が好きだ」って言ってくれたんで、「この人なら信用できると思った」と告白していました。

松本

僕もこの前、ペ・ドゥナさんと雑誌で対談して、その日の晩にまた会ったの。根本理恵さん(多くの韓国映画やドラマを手掛ける翻訳家)が、通訳してくれたんだよね。根本さんがいると、日本語とハングルを同時通訳してくれるから、普通に会話してるような感じで喋れるのね。すごい盛り上がったよ(笑)。本人も時々日本語が分かるよね。

山下

分かるんですよね。

松本

日本の歌を聴いたりすると、簡単な言葉は覚えちゃうんだって。韓国に帰ってから親日派としていじめられないかな?(笑) でも政治が仲悪くても、別に文化まで仲悪くなる必要はないよね。だから『リンダ リンダ リンダ』みたいに、普通のアーティストとして文化交流するっていうのが、とってもいいと思う。映画の中で、誰もそういう変なこだわりを持ってない所がすごくいいなと思いますね。

−−映画では、一人で留学生としてやってきた韓国人のソン(ペ・ドゥナ)に対して、みんな自然に接していますね。

松本

普通に接しているよね。互いの言葉を話せないから、「何言ってるかわからない」って困ってるぐらいでさ(笑)。あとさ、男の子が一生懸命、一夜漬けで覚えてきた「サランヘヨ」を言うシーンがおかしいよね(笑)。

山下

やっぱり、そういう日本と韓国の問題を入れなきゃまずいのかな?、って思ってたんです。でもペ・ドゥナさんをキャスティングできた時点で、あまりそういう必要も無いかな、って思いました。

松本

そうだよね。

−−大胆にもペ・ドゥナさんを起用しようと思ったことが、この映画をすごく広げている感じがしますね。

山下

そうですね。本当に思いつきなんですけどね。

松本

ペ・ドゥナさんへのオファーは、『ほえる犬(は噛まない)』だけを観て決めちゃったんだよね?

山下

そうなんですよ。『ほえる犬(は噛まない)』だけ。

松本

すごいね。

山下

逆に知り過ぎちゃうのも良くないかなと思って。

松本

『子猫をお願い』(2001年)は観てなかったの?

山下

オファーしたすぐ後に観て、やっぱりいいなと思いました。

松本

僕は『子猫をお願い』の方が好きだった。

山下

あ、そうなんですか?

松本

うん。自分のホームページの掲示板に、「『子猫をお願い』がとてもいいですよ」って、誰かが書いていたのね。で、ネットで調べたら上映が今日までって分かったからさ(笑)。

山下

日本で公開された時ですね。

松本

滑り込みで観て、「この主演の子(ペ・ドゥナ)がすごい!」と思ってさ。そのあとDVDで『ほえる犬(は噛まない)』と…、

あと、たまたまスカパーで『威風堂々な彼女』(2003年)っていう、ちょっとギャグっぽいんだけどペ・ドゥナさんのキャラが立ってるドラマがあったから、それも観た。そのドラマは映像作品として完成度が高いとか、全然そういうんじゃないんだけど、彼女のキャラはすごい面白かった。

その後、『TUBE/チューブ』(2003年)って映画を映画祭(東京国際ファンタスティック映画祭2004)に観に行ったときに、映画館の中に入っていったら、「あ、いいところに来ましたね」とか言って知り合いに手を引かれてそのまんま楽屋に連れていかれて……(笑)。

山下

その時彼女に会われたんですか?

松本

うん。初めて会った。

山下

あれはちょうど『リンダ リンダ リンダ』の撮影が終わったあとぐらいでしたね。

−−松本さんは、確か、携帯でペ・ドゥナさんとの2ショットを撮ってましたよね(笑)。雑誌で対談した時に、松本さんが『威風堂々な彼女』まで観てるっていうんで、彼女が少しビビってた(笑)。

山下

僕よりも全然ご覧になってますね。

松本

『ローズマリー』(2003年。ペ・ドゥナ出演の韓国ドラマ)も観てるんだよね。

山下

赤ちゃんを連れてる映画もありましたよね?

松本

『頑張れグムスン』(2002年)。それはまだ観てないけど。

−−ペ・ドゥナさんからのOKは、すんなり出たんですか?

山下

「(彼女の)反応は良かった」っていう状態で、一ヶ月ぐらい待たされた感じですね。それもほんと運が良かったんですが、ポン・ジュノ監督が僕の映画を観てくれてたみたいなんですね。それでポン・ジュノ監督が推してくれたのかな、と思ってます。

松本

それ、僕との対談のときにも彼女が言ってた。

山下

タイミングが良かったですね。

松本

でもね、ペ・ドゥナさんも、多分観てつまんなかったら引き受けないと思うよ。だから、山下さんの作品をすごい気に入ってたんじゃないかな。どれを観たんだろうね?

山下

多分ね、『リアリズム(の宿)』だと思います。

−−ペ・ドゥナさんはチェックが細かい人で、『リンダ リンダ リンダ』のシノプシスを見ただけだと、『ウォーターボーイズ』(2001年)風の映画になると思ってたそうです。でも『リアリズムの宿』を観て、「これは変な映画になるに違いない」と思って、出演を決めたとか(笑)。

山下

そうですね。シノプシスはそういう感じでした。

松本

話してると感じるんだけど、彼女はセンスがいいんだよね。僕は普段、女の子のセンスがいいなんて思うことはあまりないんだけど。

−−ペ・ドゥナさんに「誰か他に出演してみたい監督はいますか?」と尋ねたら、「トッド・ソロンズ!」と答えたのには、びっくりしました。

山下

彼女が知ってるとは思わなかったですね。僕がトッド・ソロンズと対談した時の写真を配給会社の人がチェックでくれたんですけど、ちょうどそのときペ・ドゥナさんが横にいたので見せたら、すごく喜んでいて……。普通、トッド・ソロンズ知らないと思うんですけど(笑)、「つながってる」って興奮していました。でも、それもポン・ジュノ監督に観せられた映画の1本らしいですけど。ポン・ジュノ監督の影響がすごくあると思いますよ。

松本

彼女はポン・ジュノ監督の『ほえる犬(は噛まない)』で、生まれ変わった感じはあるよね。その前までのドラマを観てると、「普通ではないけど、ちょっといい女優」くらいの存在感だったから。

山下

ポン・ジュノ監督の新作(ソン・ガンホ、パク・ヘイル、ペ・ドゥナなどが出演する新作『THE HOST(原題:怪物)』。来年夏公開予定)が楽しみですよね。

松本

SFらしいね。

−−「怪物が出てきて……」みたいなことを言ってましたよ。

山下

今、体を鍛えてるらしいですよ。

松本

共演するのは、芸達者な人達?

山下

『ほえる犬(は噛まない)』で犬を食っちゃう管理人のおじさん(ピョン・ヒボン)とか(笑)、ソン・ガンホとか。

松本

あとパク・ヘイルって、『殺人の追憶』(2003年)に出てくる美少年。あの役もちょっと暗くて変わってて面白かった。

−−それにしても、『リンダ リンダ リンダ』の撮影時、ペ・ドゥナさんってすでに25歳だったから、10ぐらい下の役なんですよね(笑)。

山下

キャスティングのとき、僕の中では『ほえる犬(は噛まない)』(2000年)は新作だったんですけど、あれって韓国では結構前の映画なんですよね。

松本

5年くらい前の映画。

山下

それを知らなくて(笑)。でも、会ったら全然大丈夫だと思いました。

松本

本人は気にしてたみたいだよ(笑)。

−−彼女、「スリルがある」とも言ってましたよ。「私が女子高生をやることがチャレンジだから面白い」だって(笑)。

松本

女優ってどういう基準で選ぶの?

山下

やっぱり、実際話してみてから決めますね。面白い顔をする子にひかれます。映画の準備で何人かに会ったりするんですけど、一緒に喋っていても、顔が変わらない子もいるんですよ。表情がもうできちゃってるんですよね。

松本

表情ね。

山下

そういう子は、どんなに綺麗でも全然興味が湧かなくて。喋っていくうちにどんどん顔が崩れていったりする子は、「なんか面白いな」って思える。そうなると「芝居も見てみたいな」と思うんですけど。

−−そういう意味では、ペ・ドゥナさんの表情は崩れますよね(笑)。

松本

崩れまくりだよ(笑)。「そんな顔していいのか?」っていうくらい。

山下

「もっとNGとか注文出した方がいいんじゃないの?」みたいな(笑)。

松本

全然気にしないみたいね。だからすごい自然体なの。

山下

逆に僕が気にしちゃってたくらい。ひざ小僧とか、普通にすり傷があったりするんですけど、本人は全然気にしてない。逆に、カメラに自分がどこまで映っているか、っていうのはすごい意識してましたけどね。それはさすが女優だなと思いました。

松本

そういえばさ、ペ・ドゥナさんが『リンダ リンダ リンダ』の制作のメイキングを見せてくれた(笑)。

山下

見ました? 本人が編集したやつ。

松本

PSP(ゲーム機)で動画が見れるんだよね。「マネージャーが撮ったビデオを、私が編集したの」って言っててさ。すごい上手にできてたよ。もしかしたら映画監督になりたいのかもね。

山下

そう。もしかしたら自分でも作りたいのかもしれない。

松本

本人は言わないけど、そういうセンスで演じているような気がするね。

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見るものを引き込む山下作品の「間」



−−松本さんとペ・ドゥナさんとの対談で、ペ・ドゥナさんは「部室で4人がそれぞれバラバラのことをやっているシーンが好きだ」と言ってました。それに対して松本さんは、はっぴいえんどの頃を振り返って、「バンドのああいうのところがリアルだよね」と答えていました。

松本

練習のときって、4人ともそっぽ向いたりするよね。僕はいつも本読んでたしさ(笑)。『リンダ リンダ リンダ』でも、メンバーが全然バラバラに勝手なことをしてて、会話もしないじゃないですか。そういうのがちゃんと映像になってたから、これはすごいなと思った。それからドラムを打ったあとの、「シャーン」っていう余韻の音をちゃんと拾っていて、極めてリアルだった。

−−やっぱり、元ドラマーとしては、見逃せないところですよね(笑)。

松本

だからそういうリアルな感じは、『リアリズムの宿』や『ばかのハコ船』と通じてるね。あと、とても耐え切れないような間があるんだけどさ。

一同

(笑)。

松本

最初、すごく拒否反応があったんだけど(笑)、それも全作共通してたな。でも「嫌だな、この間」と思っているうちに、不思議と引き込まれ始めるんだよね。多分、みんなそうだと思うよ。あの外し方が、日本の伝統的な間にとても近いっていうか。

−−“日本の伝統的な間”というのは、たとえば?

松本

能で言えば、つづみのかけ声の間かな。「よ〜お!」って言った後、しばらくして忘れた頃に「ポンッ!」って(笑)。そのイライラ感。アメリカの映画だと、必ずオンビートというか、分かりやすい間になっちゃうよね。今日本のテレビで流れているようなドラマも全部そういう作り方に見える。でもあれって本当は日本的じゃないんじゃないかなと思うのね。山下君が作るような、観てる方が居心地が悪い間こそが、とても日本的なんじゃないかな。あれが日本人のDNAが持っているものだと思う。僕はそういう映画って初めて出てきたような気がする。

――とはいえ、監督的には「気持ちがいい!」と思っている間なんですよね?

山下

そうですね。現場で見ていて一番気持ちのいい間ですね。他の人の映画を観て、間が長いと文句言いたくなるんですけど(笑)、自分がやっていると長くなっちゃいますね。

−−デビューの頃の作品は、「ジム・ジャームッシュやアキ・カウリスマキの作品に近通ずるオフビートな笑い」と書かれていることが多かったわけですが、二人の影響はあったんですか?

山下

やっぱりすごく好きだったんで、逆に意識して「あれを真似しちゃいけない」と思ってた時期はありましたね。

松本

いいんだよ。すべては真似から始まるからね。でもそう言う意味でも、『リンダ リンダ リンダ』の完成度は高いと思う。いつも日本人ってジャンルで分けるからさ、マイナーかメジャーかとか、アートかエンターテイメントかとか。そういうニ次元的な分け方じゃなくて、もうちょっと間みたいなものを考えるとか、見るべきところはたくさんある。

山下

『リンダ リンダ リンダ』が完成してみて、今までの作品とは違うっていうのは分かっているんですよね。でも自分としては、割り切って無茶苦茶変えたわけでもない。最近取材を受けると、「商業映画を撮ってみてどうですか?」とかそういう聞き方をされたりするんですが……。

松本

そういう平たい雑音は無視していいよ(笑)。僕の体験で言うと、世の中の人はそういうふうに観るもんだって、理解をしていれば大丈夫。

山下

そうですね。

−−でも、実際、商業映画じゃありえない演出が爆発してると思います(笑)。そこがすごく面白い。

山下

そこが不安でもありますけどね(笑)。

−−今回はバンドでボーカルをやるソン(ペ・ドゥナ)が、韓国からの留学生という設定で、そのつたない日本語の不自然な間が映画のトーンになっていますね。

松本

すごく活きてるよね。

山下

そうかもしれませんね。セリフはそんなに多くないですけど。

松本

ソンがバンドに誘われてさ、なんだかわからないけど面倒くさいから「はい!」って言っちゃうシーンが面白い。

山下

あれはもう、現場で笑っちゃいましたね(笑)。

松本

あの辺のリアルさがたまらないね。

−−ああいう間は、監督がかなり指示したりするんですか?

山下

本人が分かってたみたいな感じはありましたね。

松本

でもそういう間は他の作品にもずっと通底してるから、それは監督の趣味かと思う。

山下

シナリオの段階で「こういう面白さが出るだろうな」って分かった上で、撮影してみてやっぱり狙い通りだったという感じですね。

松本

そういう意味で山下君は、外国の呪縛から解き放たれた日本の映画監督って感じがするね。また新しい世代が来たな、っていう。僕らの世代ってなんだかんだ言って、戦争に負けて生まれてきた子供だからさ、すごく呪縛があったんだよね。僕自身は40代半ばくらいにそういうものから解き放たれて、「自然体でやっていけるな」って思えるけど、多くの若い人はいまだに呪縛の中で生きている感じがする。だからもっと普通に、普通の日本人として「何がかっこいいのか? 何がかっこ悪いのか?」っていうふうに考えると、本当に日本のオリジナルな表現が出来てくると思う。

−−松本さんは、どういうシーンにそういう印象を持ちましたか?

松本

例えば、ソンが初めてブルーハーツの曲をウォークマンで聴いて、泣いてしまうシーンだと、普通の監督は泣いている顔をアップで撮るよね。それを背中だけで見せたってところが良い。顔のアップも一応撮ったんだっけ?(笑)

山下

一応撮りました。

松本

普通、韓国ドラマでも日本のドラマでも、やっぱりアップにするんだよね。でも最終的にそれを使わなかったっていうのが、山下君のセンスだよね。それが新しい感覚。商業映画でもスタイルを変えないっていうところが共感できる。

−−バンドの練習風景にしても、やろうと思えばもっと盛り上げられるところを、あえて引きで撮ったり。

山下

そうですね。カメラ固定にしたり。

−−ああいう目線であったから、ブルーハーツが苦手なオヤジでも徐々に入っていけました(笑)。

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ペ・ドゥナから学ぶ日本語歌唱の可能性



松本

僕がパーランマウムのために書いた「ソンのバラード」っていう曲があって、これはレコーディングの前に聞いたんだけど、ペ・ドゥナさんは歌詞を読んでずっと泣いてたらしいのね。普通、日本人が泣くと声道が狭くなってギュッと閉まる。そうなると歌えないから、その日の歌入れは無しになっちゃう。僕の詞って、わりと歌手を泣かすことが多くて。

−−松田聖子さんから藤井隆くんまで、歴代の歌い手を泣かせてきてますから(笑)。

山下

いつもはそこでレコーディングが終わっちゃうんですか?

松本

今日はやめてまた平静な時に録り直そう、ということになるんです。でも面白いのは彼女の場合、声がちっちゃくなるだけなんだよね。微妙に声が震えてたりして、「ああ、泣いてるのかな?」って思うんだけど、あんまり声帯には関係ないみたい。だから、むしろ今回は「泣いてくれて良かったね」って感じ(笑)。

−−「ソンのバラード」は、歌声がグッときますね。

松本

ペ・ドゥナさんの歌を聞いていて面白いと思うのは、発声がすごくいいんだよね。むしろ日本人より聞き取りやすい。だから、いろんな自己点検ができて興味深かった。いつの時代からか日本人は、日本語を歌う時、英語っぽく発音すると格好いいみたいな誤った感覚にとらわれるようになっちゃった。「ら・り・る・れ・ろ」を英語的な「R」で、「ラァ・リィ・ルゥ・レェ・ロォ」って歌う。結果的に最近の日本の歌って、口の中でモゴモゴ言ってて、全然前に出てこない。それが彼女が歌うと、綺麗に母音のところで音が剥き出しに出てくるね。

山下

日本映画の台詞まわしなんかも同じかもしれないですね。若い普通の女の子に「なんで日本映画観ないの?」って聞くと、「何言ってるかわかんない」って言われたことがあって。それはちょっと反省するところでもあるんですよね。

松本

これは重要な議題を提案しているような気がする。やっぱりそういう発音の曖昧さっていうのは、アメリカに憧れて真似してるっていう大きな流れのひとつの現象だと思う。それを今回ペ・ドゥナさんが教えてくれた。「なんだ、ちゃんと発音すればいいじゃん」って。破裂音とか「あ・か・さ・た・な」っていうのをきちんと発音すれば、日本人もモゴモゴしない。だからもう、そういうアメリカの呪縛から解き放たれてもいいんじゃないかな、と僕は思うのね。しかも、そういうことを韓国の人にこうやって指摘されるっていうのも、すごく恥ずかしい感じがするし(笑)、反省しなくちゃいけないね。それは怪我の功名というか、ちょっと雷に打たれたみたいな感じがするね。

−−監督はペ・ドゥナさんとソウルでカラオケに行ったそうですね。

山下

韓国に行ったとき、歌声を聞かせてもらうために、舞台で疲れてるペ・ドゥナさんをカラオケ屋に連れて行ったんですが、一発目にKiroroを歌ってくれたんです。声が出るか出ないか、ってすごい心配してたんで、本当にビックリしましたね。

松本

彼女、よく疲れてるよね。この前も食事の最中に文句言い出してさ。

−−彼女のお母さんがステージママみたいな感じとの噂を小耳に挟みました(笑)。

松本

うん。歌の録音についても「私はじっくり練習して、じっくり録りたい」とか、「1日に2曲も3曲も録るのは理不尽だ!」みたいなことを言ってて(笑)。それを聞いて、横でマネージャーが、「でもお母さんがスケジュールを組んだから」って。

一同

(笑)。

松本

ちょっとかわいそうなんだよね。日中に取材が5〜6本入ってて、その夜中に2〜3曲歌を録音したとしたら、それは日本のアイドルと比較しても「ちょっとヘビーかな」って気もする。ま、全盛期の松田聖子さんだと、もっとすごかったかもしんないけど。とにかく働き過ぎない方がいいね。

山下

そういえば、カラオケの時にもお母さんいましたよ(笑)。

松本

お母さんも女優だって言ってたよね。

山下

さらに撮影現場には、お父さんとお兄さんも来てましたよ。

松本

それもすごいね(笑)。

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『リアリズムの宿』的なはっぴいえんどの東北旅行



−−先ほど、「バンドの感じがすごくリアル」って話が出ましたけど、監督はバンド経験は無いんですか?

山下

大学に入って最初の頃はいろんな奴が集まっていたんですが、一番新しく影響を受けたのは、実は音楽をやってる奴だったんですよ。僕自身、大学に入った1年目は「何でもやろう」と思っていて、一度バンドもやろうと思ったんです。なんというか、「バンドをやる」っていうこと自体がしたくて。自分はまったく楽器ができないんですけど、「スタジオに入りたい」っていう憧れがあったんですよね。実際に、スタジオに入ったんですけど、何をするわけでもなくみんなを見てました(笑)。一応、学園祭でライブもやったんですけど……

松本

じゃ『リンダ リンダ リンダ』には、自己体験も入ってるんだ。

山下

そうなんですね。その時は、ちょうど寮に入っていて、そこでクレープ屋をやらされたんですよ。

松本

それでクレープ焼いてるシーンがあったんだ。

山下

クレープ屋をやらされて、時間がきたらライブに出て……。そこは映画そのままの感じでしたね。

松本

そうなんだ。

山下

ライブでは、楽器はなんにもできないからパフォーマンスって形で参加したんです。演奏しているバンドの前で、脚本の向井(康介)と暴れているってだけだったんですけど。それをやって、すごく……落ち込んだんですよね。

一同

(笑)。

山下

そのライブをやって、向井と「やっぱ、映画やろう!」という話になりました。ちゃんと映画の方に戻っていったんです。

−−山下監督が以前撮られた『リアリズムの宿』はつげ義春さんが原作ですが、松本さんは若い頃から(特殊漫画雑誌の)『ガロ』がお好きでしたよね。

松本

僕はつげ好きで、つげっぽいことをはっぴいえんどの時にやりたいなと思ってたんだ。でもなかなか周りが許してくれない(笑)。『リアリズム(の宿)』で逆光になってさ、窓が明るくて人間が影になっているところって、つげっぽくて良かったな。

山下

ありがとうございます。あそこは「つげさんが原作だから、やれることはやろう」と思ってやりました。

松本

『リアリズム(の宿)』ってさ、監督と向井さんの話なんだよね?

山下

ほぼ、そうなってますね。

松本

あれって、一種のロードムービーじゃない? あの感じがさ、細野(晴臣)、大瀧(詠一)、僕の3人で行った、はっぴいえんどの東北旅行とまんま同じだなあ、と思った(笑)。僕らは車で行ったんだけど、やっぱり全然予約してなくって、温泉宿を泊まり歩いたの。

−−あんなに汚い宿はありました?

松本

あぁ、もうちょっといい所に泊まった(笑)。

山下

ふははは。

松本

ただね、細野さんが昔行って良かったっていうんで、清里まで行ったんだけどさ、そこで泊まる宿が無くて、車中泊だった(笑)。男3人が1台で寝ると、結構狭いんだよね。

山下

冬の東北ですか?

松本

紅葉が綺麗だった記憶があるから、秋だったかな。その前の晩は軽井沢に行ったんだけど、そこでも泊まる所が無くて、「もうラブホに泊まっちゃえ!」ということになって、ラブホテルに男3人小さくなって。

一同

(笑)。

山下

そっちの方が、僕にとってリアリズムな気がしますね(笑)。本当はそういう話も入れたかったんですけど。

松本

でもはっぴいえんどの方が、未来に対してもうちょっと熱っぽかったね(笑)。「俺たちが変えてやるぜ!」みたいなのがあったからね。

−−その旅行は、『ゆでめん(はっぴいえんどのファースト・アルバム『はっぴいえんど』の通称)』(1970年)前になるんですか?

松本

『ゆでめん』前だよ。だから、「十二月(の雨の日)」も何もできていない時。「かくれんぼ」もできていなかった。

−−その東北旅行の記憶が、大滝詠一さんの「1969年のドラッグレース」(1984年)の詞に結実するわけなんですね? 『EACH TIME』(1984年)に収録された。

松本

なるね。だから、その旅行自体も、結構有名なエピソードになっている。だから、『リアリズムの宿』は分かるよ(笑)。

−−乗っていたのは、どなたの車だったんですか?

松本

大瀧さんは持っていなかったから、僕のかな?

山下

『リアリズム(の宿)』では、つげ(義春)さんの原作の中で車が出てこないから、歩きにしちゃったんですけどね。

松本

山下作品の登場人物はよく歩くよね。『ばかのハコ船』で、あぜ道みたいなところを歩いて行くのを見て、ロードムービーみたいだなと思った。

山下

僕は車の免許を持っていないから、自分にとって、歩きか自転車っていうのが一番リアルな移動手段なんです。

松本

そうなんだ。

山下

大阪市内とか東京とかに住みだしてからは電車がリアルになったんですけど、大学の4年間が終わるまでは、ほとんどチャリンコか歩きだったんで。自分の原点なんですよね。

−−大阪芸大の近所で何でもまかなえちゃうって感じですか?

山下

そうです。本当に田舎にあったんで、市内に出て行くのも大変で。

松本

それで『リンダ リンダ リンダ』に出てくる、練習場所(スタジオQ)もあんな山奥にあるのかな(笑)。

山下

ロケハンであのスタジオを見つけた時は感動しましたね。

松本

本当にスタジオだったの?

山下

本当にスタジオなんですよ。駅前には、ちょっとかっこいい感じの練習スタジオがあって、「こういうのがリアルなんだろうな」とは思ったんですけど、面白くはなかったんですね。そしたら案内をしてくれた人が、「もう1ヵ所だけあるんですけど、あれはちょっと……お勧めできないですね」って言ってて。

一同

(笑)。

山下

一応見に行ったらすごく良くて、撮影も照明も僕もスタッフみんなで喜んだんです。半分廃墟みたいになってましたね。部屋が三つあったんですけど、二つは完全につぶれていて、一つだけ生き残っていました。

松本

へぇ、いいね。

山下

ロケハンはすごく好きなんですよね。場所を見るのがすごい好きです。ああいう発見があると、すぐにでも映画にしたくなりますね。

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取材協力:田能久(麻布十番)

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