• カフェのお客さま リニューアル五人目

インタビュー:川勝正幸、構成:水島己、撮影:OTEFUKI


 江川紹子さん
http://www.egawashoko.com/



著名なジャーナリスト江川紹子さんが、クラシックファンとしての一面を生かしプロデュースした、男声による初めての子守歌アルバム『おやすみ』。実はこのアルバム、江川さんの依頼を受けた魔☆が訳詞を担当しているのです。アルバムの発売を控えた秋の日、江川さんと魔☆が、クラシック談義に花を咲かせてくれました。二人の知られざる友好関係から、子守歌に隠されたヒミツ、クラシックの魅力など、尽きることない深い茶飲み話をお楽しみください!

江川さんと魔☆の知られざる交友
詞に注文を付けられる立場ではない?
シューベルトと仕事がしてみたい
『おやすみ』が生まれた経緯/ヒットの法則
明治・大正の人たちとの戦い
「シューベルトの子守歌」に隠された本当の意味
モーツァルトとベートーベンの突き抜けた生き方

江川さんと魔☆の知られざる交友



−−江川さんと松本さんが出会ったのは、江川さんがテノール歌手の福井敬さんの追っかけをしたのがきっかけ……ということでよろしいのでしょうか?(笑)

江川

ええ。もう、福井さん大好きです。

−−もともとクラシックとかオペラがお好きだったんですか?

江川

私ね、オペラは好きになったのが遅いんですよ。7〜8年くらい前からかな。クラシックは好きなんですけど、オペラってやっぱりハイソな人達じゃないと行っちゃいけないようなイメージがあったもんですから(笑)、あんまり近づいてなかったんですよね。どんな格好して行けばいいのかも分からなくて。

松本

そうなんだ。

江川

たまたま誘われて、一番上の階で「ひっそりと拝見させていただきます」って(笑)、行ってみたら、皆さん結構普通の格好して来てるし、すごく楽しかったんです。それから自分でチケット取るようになりました。

松本

へぇ。

江川

福井さんは、第九を歌われてるのを聴いて「素晴らしい声の人だな」と思ってたんですけど、オペラを聴くようになってすぐ、福井さんのも聴くようになりました。彼の出るオペラを観に大阪まで行ったり(笑)。

−−じゃ、本当に追っかけですね(笑)。

江川

仙台や静岡にも行ったし、滋賀県大津市のびわ湖ホールにも行ったし、結構遠征してます。

−−出待ちをしたりとか?(笑)

江川

今はもう結構仲良しなので、後で楽屋に行ってお会いしたりしてます。でも、別にそんなのしなくても、とにかく聴ければいいっていう感じですね。

−−松本さんのことは普通にご存知でした?

江川

もちろん、存じ上げておりましたよ。でも生身の人間としての松本隆という人を知ったのは、福井さんを通してですよね。

松本

楽屋でお会いしたんですよね。

江川

そうそう、紹介していただいて。

−−松本さんの方は、江川さんのことは、やっぱりオウム真理教関係の報道でご存知だったんですよね?

松本

テレビに出てるのを観てました。あの頃は「勇敢な女の人がいるなぁ」って、密かに尊敬してました。

江川

あはは。

松本

「この人は命が惜しくないのかな?」って(笑)。

江川

惜しい、惜しい(笑)。

−−テレビで勇敢に活動されているの観ていた時から、ポンと間が空いて、楽屋でお会いしたって感じですか?

松本

「ああ、可愛い人だな」って。

江川

嬉しい〜。もっと言って、もっと言って(笑)。

−−最初はちょっと恐いイメージがありましたよね(笑)。

江川

そう。私って結構恐がられるんですよね。

松本

イメージ的には恐い女性の筆頭みたいな感じ(笑)。でも、会ってみると意外と気さくで女らしいところもあって、その落差が面白いなと思って。とっても人間的でいいなと思います。最初に会ったのは…。

江川

埼玉の彩の国さいたま芸術劇場ですね。

松本

福井さんのコンサートの時だ。その次に同じホールで『水車小屋の娘』をテストでやってみたんだよね。初めてだったから出来はそんなに…(笑)。その後、次第に慣れてきた感じだよね。最近、紀尾井ホールでやったコンサートは、ほぼ満点だった。

江川

うん。良かったですよね。最初の時と全然違いますよね。

松本

全然違う。やっぱり深みが増していく。

江川

もう一回録音したいくらいですね(笑)。

松本

でもあと十年くらいすると、多分もっと良くなるね。これはやっぱり、少し年輪によって磨かれるのかなと思う。僕が福井さんに最初に会ったのは、友達の推薦でワーグナーの「マイスタージンガー」を聴きに行ったときかな。「この人だったら」と思って。それはもうずいぶん前ですけど、クラシックはやっぱり時間がかかるんですよ。思いついてから実現するまでが長い(笑)。

江川

そうですよね。オペラなんて何年も先の計画を今やってますもんね。

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詞に注文を付けられる立場ではない?


 

−−江川さんからご覧になって、松本さんが手がけられた『美しき水車小屋の娘』の日本語詞はいかがですか?

江川

素晴らしいと思います。今までも原語(ドイツ語)のものは何度も聴いてるんですよね。CDも持ってます。それはそれで、もちろんすごく素晴らしいし、(イアン・)ボストリッジがこの前来て、内田光子さんがピアノを弾いたときは、本当にすごいなと思いましたね。ただやっぱりこの時も、あらすじはわかるんだけど、今何が歌われているか、その瞬間では分からないですよね。それを分かろうとすると、ドイツ語の歌詞を聴きながら分かりもしないドイツ語の歌詞カードを見て、さらに日本語の和訳を読まざるを得ないので、気持ちが分散するんですよね。だから、音を楽しむか、意味をとらえるか、どっちかに気持ちの比重がいっちゃうでしょ?

松本

そうだよね。

江川

だけど松本さんのつけられた日本語詞で聴くと、全部の世界が完結するんですよね。音楽を楽しみながら、その世界が色彩豊かな映像として浮かんでくるでしょ? 聴くことに集中できて、自分のイマジネーションが膨らんでいくから、すごく豊かな時間を持てる感じがするんです。もし、詞と音楽がちょっとでも違和感があると、そこで一気に「あの世」から現実に戻されちゃうと思うんだけど(笑)、全然それがなくて。(ピアノの)横山(幸雄)さんが「シューベルトは日本語で詞をつけてたんじゃないか?」っておっしゃってたくらい、曲とマッチしてる。

−−松本さんの詞先で(笑)。

江川

ふふふ。でも横山さんがそう思ったくらいマッチしてるから、演奏が終わるまで「あの世」に行きっぱなしでね(笑)。すごくその世界を楽しめる感じなんですよ。

松本

(『美しき水車小屋』の)大阪(公演)でも東京でも、泣いてる人がいっぱいいたよね。

江川

だから、演奏会で配られた歌詞カードは、演奏中はいらないですよね。私も友達もほとんど見なかった。ただ、歌詞をあとから見たいから、終わったあとにお土産として配るほうがいいかもしれませんね。無くても十分楽しめるし、その方が楽しみ方としてはいいんじゃないかと思うんですよね。

松本

あれがドイツ語だと、聴いている時の体感時間が倍ぐらい長くなるんだよね。

江川

ふふふ。

松本

『美しき水車小屋の娘』はまだマシなんだけど、『冬の旅』になると結構拷問に近いよね。でも、日本語だと時間が半分に感じる。演奏の良い悪いに関係なくね。

−−確かに。慣れない言語だと、そうなりますよね。

松本

でも、それはほとんどシューベルトの素晴らしさなんだよね。僕は意味をわかるようにしているだけ。シューベルトって、やっぱり詞のセンスがすごくいいのね。(自分のために詞を)書いてもらってたわけじゃなくて、(すでにあるものを)選んでいるだけだと思うんだけど、その選び方のセンスが一味違う。だから、(ゲーテの作詞の)『魔王』にしても、ゲーテも全部が全部良いわけではないから、ちゃんと選んでるんだよね。どういう詞が良いか、悪いかっていうセレクションが、まずすごいと思う。『美しき水車小屋の娘』も、よくぞこの詞に曲をつけたなって感じがするね(笑)。『冬の旅』もそう。

江川

シューベルトは元の詞に、手を入れたり注文出したりはしてないんでしょうか?

松本

だってゲーテには断られているしね(笑)。詞に曲をつけて、喜び勇んで送ったらしいのね。そしたら、全然気に入られなかったみたいで…。

江川

ええ〜っ!

松本

完璧に無視されたんだって(笑)。

江川

あら、かわいそう。

松本

かわいそうな人なんだよね。でもベートーベンは、後期のシューベルトに才能を見出していたみたいだけど。

江川

じゃ、「こういう風に変えてくれ」なんて注文は、とてもじゃないけど言えるような立場じゃなかった?

松本

なかったと思うね。(『美しき水車小屋の娘』『冬の旅』を作詞した)ミュラーにしても、すごい神経質そうだからそんなこと言われたら怒ると思うけど。

江川

ふふふ。

−−松本さんと同じですね(笑)。

松本

ま、普通に才能あれば怒るよね(笑)。

−−古典として今日まで残っているということは、当たり前ですけど、みなさん、すごい才能ある人たちなわけですからね。

江川

うふふふ。

松本

(作曲家が)ちゃんと詞の通りに曲を作れないくらい才能がないんだったら止めます、みたいな(笑)。

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シューベルトと仕事がしてみたい



江川

松本さんの今までのお仕事って、詞が先にあることが多いんですか? それとも曲が先?

松本

何度もこういう対談で話しているんだけど、曲が先にあるってことはまずありえないと思うのね。オペラにしても、曲が先ってありえない。だから、基本はやっぱり詞が先にあるというのが本質だと思うんですよ。ただ、本当に残念なことに、詞に曲がきちんと付けられない作曲家がいっぱいいる。僕はどっちが先でも作れるから、しょうがないときには「曲が先の方が楽そうだったら、先でいいですよ」って言うけども、それは技術的な問題だと思う。本質的に、歌っていうのは詞が先にあるべきで、それは邦楽にしてもクラシックにしても、すべて同じだと思う。特にクラシックでは、まずありえないと思うのね。すべての歌曲とすべてのオペラは、やっぱり詞なり、台本なりがあって、そこから曲を構築してる。

江川

そうですよね。

松本

アメリカ人のプロデューサーと話したら、「アメリカ人は曲から先になんか作らない」って言われたことがあるから、日本だけの特殊な現象だと思う。これまでは西洋の新しいロックやポップスっていう文化を吸収して、なんとか消化してる時期だったと思うのね。でももう若い人達は、普通に詞が先で、いい曲作ってくるから。キリンジとかね。

江川

そうですか。

松本

詞があって、それに曲がついて、それを膨らませてサウンドにしてっていうのが自然だと思う。雨が降って、小川になって、急流になって中流になって、最後に海に流れこむみたいな、自然な流れなわけ。それが日本の場合だと、逆になっちゃう。「こういう海に流れるような川を作ってくれ」って言ってるような感じ。でもそうするとすごく軽くなる。

江川

へぇ〜。でも、『美しき水車小屋の娘』の場合は、曲があって詞もある状態ですよね。

松本

だって、この場合、作曲家が死んじゃってるから(笑)。

江川

あはは。

松本

僕も逆算はできるから。その能力をフルに使って訳詞をつける(笑)。「こんな感じだと、(シューベルトが生きていたら)喜ぶかな?」みたいな感じで。ま、相手が死んじゃってるからしょうがないけど、生きていたら仕事したいよね(笑)。「いい詞書きたいから、書かせて」って感じ(笑)。

江川

でも私、天国でシューベルトも喜んでると思いますよ。

松本

東洋の島国で…。

江川

「俺の曲が流れている!」みたいな感じで、吸い寄せられて来てるんじゃないかと思いますよね(笑)。

松本

じゃ、モーツァルトも喜ばせたいな。

江川

モーツァルトだったら何を?

松本

モーツァルトだったらやっぱり歌曲よりオペラかな。

江川

この間芸大で、森鴎外が文語で訳したオペラっていうのをやったんですよ。面白かったですよ。

松本

「行こうかな」と思ってたんだけどね。面白かったんだ?

江川

文語って、結構自由なんだ、と思いました。「汝」って字ありますよね? あれを「なれ」とか「な」とかいくつかの読み方に変えていくんです。だから曲に合うんですよね。

松本

(口語よりも)文語の方が、本当は自由なんだよ。現代口語っていうのはさ、すごく余計な音が多いわけ。例えば「無いです」は、文語だと「ぬ」の一文字で済んじゃうもんね。

江川

そうそう。だから歌でいうと、「ノー、ノー」ってところを、「否、否」って訳してて(笑)。こういうのを、森鴎外は向こうに行って、自分でオペラを観て、「日本語にしてみたい」とやっぱり思ったんですよね。

松本

僕が思うに、書き言葉と口語ってどんな時代も違うんだけど、後世に残るのは紙に書いてあるほうだから、口語は消えちゃうんだよね。歌の場合、書き言葉よりも本当は話し言葉の方が合ってると思う。話し言葉って、地方の方言にしか残ってないような気がする。本当は「歌は口語でやりたいな」と思うんだけどね。…と言いながら、はっぴいえんどの時は語尾に「です」「ます」を連発してるけれども(笑)。

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『おやすみ』が生まれた経緯/ヒットの法則


 

−−宮本益光さんの新しいアルバム『おやすみ』は、江川さんがプロデューサーという言い方でよろしいんでしょうか?

江川

そうですね。企画そのものはだいぶ前からあるんですけど…ま、思いつきですよ(笑)。最初は「こんなのあったらいいな」と思っただけなんです。

松本

企画っていうのはそういうものですよ。思いつきなんです。

江川

そうですよね。やっぱり自分が欲しいものを作ると、エネルギーが湧いてきていいですね(笑)。

松本

自分の好きなものと、これがあったらいいのにな、っていうのはヒットの原則だね。

江川

へぇ〜。そうですか。

松本

ヒット曲ってそういうものですよ。「こういうものがあるべきなのに、今誰も気づいてない」って思いついた時にヒットするから。このアルバムも売れるかもしれない(笑)。

江川

「かも」じゃなくてですね…(笑)。

−−売らないと(笑)。

松本

いやいや、いいんですよ。売れても売れなくても。

江川

あはは。でも、次の企画もありますからね(笑)。

−−どういうきっかけで思いつかれたんでしょうか?

江川

アメリカに住んでいる男性の友達のところで、2組続けて子供が産まれたんです。何かプレゼントをと考えたんですが、男の友達だし外国で子育てするわけだから、男の人が日本語で子守歌を歌ってるCDが良いと思って探したんです。そのお父さんが歌って聴かせるようなイメージですね。でもいろいろあたってみたけど、見つけられなかったんですよね。

−−女性が歌った子守唄のCDはあったんですよね?

江川

女性のはあるんですよね。だけど男性の…特に日本語の子守唄っていうのは無かったんです。いろんな中に1〜2曲子守歌が入っている、っていうのはあったような気がするんですけど。とにかく、全編子守歌、というのが欲しいなと思ったんです。その時、企画書みたいなのを書いてみて、友達に回して「どう? どう? 面白いよね?」って言ってたんですが、それで終わってたんですよね(笑)。

−−その企画がどんな感じで現実になったんでしょうか?

江川

それから何年か経って、宮本益光さんと知り合って、彼の話を聞いたのがきっかけです。彼は言葉へのこだわりがいろいろあって、そういうエッセイみたいなものを書いていて、面白いなと思っていたんです。音楽を始めたのは学校の先生になりたかったからだとか、今でも子供の合唱団の指導をしていたりとか、そういう話を聞いていて、「彼だったらこの企画が実現できるかな」って思いました。若い人に歌ってもらいたいと思っていたので、彼はちょうどお父さんになるくらいの年齢ですし、いいかもしれないと。

−−宮本さんの存在が、この企画に理想的だったんですね。

江川

彼がコンサートに出ているものをいくつか聴くと、言葉もはっきりしてるし、彼ならいけるんじゃないか、と思いました。それで誘ってみたら、「やりたい」ってお話しだったので、「これから一緒に頑張ろうぜ!」ということになりました(笑)。

−−松本さんに訳詞を頼もうと思われたのはどうしてですか?

江川

まず私が考えていたのは、やっぱり「綺麗な日本語で」ってことです。アルバムの中には、すでに日本語の詞がついて歌われている曲がいくつかあるんですけれど、文語調のものもあったりして、やっぱり今の時代にふさわしい形で、その詞をもう一度全部やり直したいと思いました。もちろん今まで日本語詞がついていなかった曲もやりたいし。「子供に聴かせるものだからこそ、本物を」という思いがあって、いい音楽に、今考えられるこの企画にとって最高の演奏者をあてたかったんです。だからこそ、詞を書いてくれる人は最高の人じゃなければ駄目だったんですね。それで、『美しき水車小屋の娘』で、本当に素晴らしい詞をつけられた松本さんにお願いしようと思ったんです。他には全然考えてなかったから(笑)。それで是非、とお願いしたんですよね。そうしたらすぐ引き受けてくださったんですよね。

松本

うん。

江川

最初、松本さんをよくご存知のレコード会社の方には、「いやぁ、松本さんは忙しいから、どうかな〜?」って言われてたんですけど、OKをいただけたと言ったら、「え〜!? どうしちゃったのかな?」とか言ってて(笑)。

松本

「何で江川さんだとOKが出るんだ?」って(笑)。

江川

でも、松本さん、どうしてすぐ引き受けてくださったんですか?

松本

それは江川さんだからですよ。

江川

うふふふ。そんな〜(笑)。

松本

それだけ信頼されているわけですから。

江川

ありがとうございます。

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明治・大正の人たちとの戦い



松本

僕はこの仕事は本当にきつかった。

(一同爆笑)

松本

もう、胃に穴が開くかと思ったよ。特に、「シューベルトの子守歌」ね。皆が音楽の時間に習って知ってる詞じゃない?

江川

ええ。

松本

それを解体するっていうのは、やっぱり僕でもすごい勇気がいる。だから、これと『美しき水車小屋の娘』の付録の、「アヴェ・マリア」と「魔王」も。全部シューベルトだよね。

江川

そうですね。

松本

「シューベルトの子守歌」は、困ったなと思ってたけど、録音して聴いてたら背筋が寒気立ったよね。すごくいい瞬間になった。「これは勝ったかもしれない」って思った(笑)。

江川

うふふふ。

松本

もう、こうなるとね、明治・大正の人達と戦争だよね(笑)。僕は昭和か平成の代表として戦っているみたいな感じ。「文語vs現代口語」(笑)。でも、それは戦い甲斐があるね。『三国志』みたいないい一騎打ちで(笑)。

江川

それじゃ、例えばレーガー(「マリアの子守歌」)とかドヴォルザーク(「眠りなさい」)みたいに、今まで訳されてなかったものの方が、どちらかというとやりやすかったですか?

松本

うん。(先入観が)何にもないからね。やっぱり認知されているものを解体するのは、すごく大変。

江川

ふ〜ん。レコーディングの時も、「この作品(「シューベルトの子守歌」)が一番心配だった」っておっしゃってましたよね。

松本

そうそう。でも、ちゃんとできたよね。

江川

以前出された、『美しき水車小屋の娘』のアルバムの時には、松本さんがいろんな歌手を聴かれた中から「この人なら信頼できる」と思われて、福井(敬)さんに依頼されたわけじゃないですか。でも今回は、宮本さんの歌を一度も聴いてないうちにOKしてくださったんですよね?

松本

うん。だからそれはもう、信頼関係。

江川

レコーディングにいらしたときは、「もし、松本さんの期待と信頼に添えなかったらどうしよう?」って、ちょっとドキドキしました(笑)。

松本

いや、大丈夫ですよ。僕は一度信頼した人は信頼する。裏切られるまで(笑)。

江川

ありがとうございます。すごくいい詞を書いていただけました。

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「シューベルトの子守歌」に隠された本当の意味



松本

他に詞で苦労したのは、全部「眠れ眠れ」になっちゃうところかな。

江川

なるほど。

松本

どの曲もドイツ語だと同じ単語になると思うんだけど。だから、それぞれの曲が似ないようにちょっとずつ変えたのが苦労したかな。あと、「モーツァルトの子守歌」で面白い詞があったよね。

江川

あ〜、はいはい。

松本

こんなこと子守歌で聴きたくないような(笑)。

江川

ちょっとエロティックなやつですよね(笑)。お城の「女中部屋から『ああ』とため息」って。

松本

これ、相手がお城の主人だと恐いよね(笑)。

江川

うふふふ。「フィガロの結婚」の世界ですよね(笑)。

松本

そうそう。こういうウィットって、西洋には結構あってね。大人の秘め事を子供に歌って聴かせるのもすごいなって思って(笑)。

江川

元の詞にもこういうことが?

松本

モロに書いてあった。

江川

今までの子供向けの子守歌は、とにかく大人の世界にフタをして、お子ちゃま向けのものにしたものが多いですよね。あるいは「子守りをさせられてどうのこうの…」みたいな恨み節(笑)。それから西洋のものでいうと、毒を全部抜いちゃったものも多いですね。

松本

僕はね、「人間は誰でも毒を持っているから、毒は毒のまんまで出した方がいい」と思ってるのね。だから正直に訳してみた(笑)。例えば、「シューベルトの子守歌」って、原語で読むと、お墓で子供が死んじゃっているみたいなんだよね。

江川

そうなんですか。

松本

ドイツ語で「Grab」、英語で言ったら「Grave」。だから、墓地で子守歌を歌ってる感じなんだけど、これまで誰も訳してないんだよね(笑)。どうしようと思って、2日ぐらい悩んだんだよね。そもそも「シューベルトの子守歌」は、ドイツでは子守歌としては歌われてないみたい。どちらかというと、レクイエムみたいな位置づけで。でもさ、もう(すでにある詞が)定着してるのに、それを覆すのは大変(笑)。日本では代表的な子守歌だよね。「五木の子守唄」とシューベルトの子守歌って、やっぱ代表的だよね。ブラームスもそうだけど。

江川

うん、そうですよね。

松本

どうせ覆すのであれば、「命の重さ」を歌った詞にしようかなと思って。だから「シューベルトの子守歌」は、わざと意訳した。(原語では)子供が死んじゃって、形見を抱いてる感じだったから、逆に「形見じゃなくて、子供自体が宝なんだよ」っていう感じに意訳したの。そこのところは、昔の人の訳を見ると、すべてぼかして表現していて「ずるい!」って感じ(笑)。みんな(子供が死んだときの歌だということが)分かってて、話を逸らしてるみたいな書き方をしてるのね。でもそれは違うな、と思って。「命の重さ」を前に出したらすごく良くなったね。それは、シューベルトも喜んでくれるんじゃないかなと思う(笑)。

江川

この最後の「その命の なんて軽く重いこと」という部分ですか?

松本

うん。それに最後に出てくる百合も、完全に死をイメージさせるでしょ?

江川

本当に詞って短いから、余計に一語一語にかかる意味が大きいですね。

松本

でも、「お墓」って単語を出さなくても、僕の訳詞はレクイエムのようにも読める。

江川

うん。

松本

だから、要するに…「生と死ギリギリ」って感じにはできたと思うのね。

−−「赤ちゃんの体重は軽いけど、その命は重い」っていうことですね。

松本

そうそう。やっぱり表現を曖昧にしちゃいけないよね。

江川

うんうん。

松本

やっぱり「守りたい」とか「守ってあげる」とかそういう詞の子守歌が多い。それだけ子供の命が失われやすい、っていうのをよく知っているってことだと思う。

江川

なるほど。

松本

あと原語には、「明日、目覚められるように」っていうフレーズもあった。

江川

曲ができた時代には、今よりも子供の命は失われやすいものだったと思うんです。だから余計に「今日ある命が明日もありますように」っていう願いをこめた、祈りの曲になってるんですね。

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モーツァルトとベートーベンの突き抜けた生き方



江川

子守歌というのは、子供が静かに眠るための歌であると同時に、大人の祈りとか願いや安らぎを表現するための歌でもあると思うんですよね。私がこの子守歌のアルバムを発想した時は、「子供に聴かせたい」とか「子供のための」という感じだったんです。でもできあがってみると、子供に対してはもちろんだけど、大人の人がそれを聴いて癒されたり、あるいはいろんな願いや思いを託したり、というイメージになってきたなと思って。私、何度も聴いてますもんね。「いいわ〜」と思いながら(笑)。

松本

でも、(詞を曖昧に表現した)事なかれ主義って、意外に癒しになんないよね。やっぱり、生と死とってところまで突き抜けちゃわないと本当の癒しって、来ないと思うね。

江川

そうなんですよね。やっぱり避けてたんじゃダメだと思います。

松本

逃げたり、避けたり、見て見ぬフリをしたりっていうと、全部ストレスが残ってくるよね。癒しになんない。

江川

ええ。

松本

だから、命は自分のものじゃなくて、要するに神様…いろんな神様がいると思うんだけど(笑)、その人にとっての神様から借りているもんだと思うととっても楽になる。生きるのがもっと面白くなる。あんまり自我が強くて、「僕が僕が」って思っていると、生きてても辛いんじゃないかな。「生きても死んでもいいや」ってところが、本当に癒されるんだよね。

江川

ふふふ。なかなかその境地まで達せられないな…(笑)。

松本

なかなか難しいよね。死ぬのは恐いし、病気になるのは嫌だしね。だから、みんなそういうところで葛藤してるんだよね。

江川

うん。

松本

だから、色恋のシューベルトやモーツァルトなんかは、その深さがとてもとても高いレベルなんだよね。特にモーツァルトはぶち抜きだね(笑)。シューベルトの方がもうちょっと身近だよね。苦悩してるっていうかね。

江川

そういうのがあるから、今生きてることがすごいラッキーな気がしてきますよね。

松本

やっぱりそういうものが、後世に残っていく。そういう意味ではやっぱりベートーベンもすごい。あの人のすごさって、耳が聞こえなくなっちゃったことだよね。耳が聞こえないから、自分の脳の中で突っ走るんだよね(笑)。

江川

うふふ。

松本

後期の弦楽四重奏なんてすごいよね。とっても難解になって、ある種モーツァルトとは逆の方にぶち抜けている。ほとんど現代音楽だよね。その、モーツァルト/シューベルト/ベートーベンって三人が、同じ時代に生きたことが凄い。ちょっとかなわないよね。




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取材協力:田能久(麻布十番)

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